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竜ヶ迫のひがしやま [幡多]

 故郷の親父様がやっていた店の状態をみようとクルマでやってきた。一度シャッタードアが壊れて直しているが、僕の持っているキーは親父様から貰った以前のキーで勿論開けることが出来なかった。

 目的がなくなり。どうするか考えて旧友にも連絡してみたが、これから出かけるとか不在とか急に連絡するほうが悪い。不在だった彼は後から電話をしてくれたが、その時にはすでに目的を持って移動中だった。それが竜ヶ迫のひがしやま購入である。何年も前だが道の駅大月でひがしやまを買おうとすると竜ヶ迫のものは売り切れと云われたことがある。この時期ならばと来てみると、お上品な製品とパックに入ったもの(こちらは二種類)が竜ヶ迫産として売られていた。僕としては厚手のビニール袋のものが欲しかったが、それを送ってくれていた従姉によれば大月町が管理しはじめて購入が難しくなったと数年前に聞いた。見当たらないのでパックに入ったものを買った。

 生産者の名前が書かれているが、どの方のものが美味しいか知らない。従姉に聞けば教えてくれるだろうが、竜ヶ迫のものでなくても焼けば美味しかったので竜ヶ迫産と云うだけで充分だろう。適当に三人の名前を手に取った。誰のものが美味しかったって?自宅に帰るまで楽しみにしてまだ食べていない。

 そう云えば嘘か本当か知らないが、黒柳徹子女史から時期になると送ってくださいと謂われているらしい。その話を聞いた時、アブラカラブラから、夢逢い、若い季節などが好きだったから、何となく嬉しくなったものだ。

 入手した嬉しさに、娘二人に要るかとメールした。二人とも電話で欲しいと返事をくれた。これが美味しい、これが一番と育てたからなあ・・・。喜んで追加で2パック購入。でも生産者が御高齢になっているとも聞いている。本場は宇和のものだろうけど、折角幡多でも作られるひがしやま。今後も買っていきたいな。

P.S.
 「竜ヶ迫のひがしやま」の元は宇和の方々が長年にわたって美味しくなる芋を選び作り出したものです。高知県宿毛市ですが、沖ノ島母島集落・竜ヶ迫には宇和の方々が多い。それで「竜ヶ迫」のひがしやまが美味しい。

"ハチミツとクローバー" [映像(映画・放送)雑感]

"ハチミツとクローバー"
邦画 平成大学生もこんなものかとホッ系
高田雅博監督
B上
2006年 116分

<<粗筋>>
 美大の花本修司(堺雅人)の自宅では花本会と称してスタッフ、学生が集まる。竹本裕太(櫻井翔)はビールを取りに二階に上がったところ、アトリエにいた花本のいとこの娘花本はぐみ(蒼井優)に一目惚れしてしまう。その光景を見ていた真山巧(加瀬亮)はバイト先の原田デザイン事務所の原田理香(西田尚美)をストーカー的に慕っているが、真山自身も山田あゆみ(関めぐみ)から慕われていた。理香は夫が亡くなり心にポッカリ穴が空いていた。

 竹本は一人で食事できないはぐみのそばにいてくれと花本から頼まれて嬉しがる。その頃海外旅行に行っていた大学八年生森田(伊勢谷友介)が戻って来て、花本の研究室ではぐみの絵に心を動かせる。はぐみは子供の写生指導(声とか臭いとか感じるものを書くのだ)をしていた山田に声をかけられて友人となる。

 はぐみはオスロビエンナーレ出品作を描きはじめ、森田は藤原画廊での個展のために木彫をはじめる。二人はお互いの作品が作られていく様子を見ていた。森田の作品は思い通りにならず、はぐみから一週間前のほうが良かったと指摘された後、二人で楽しそうに一枚のキャンバスに描きはじめ、一段落したところで周りの学生から拍手を受ける(ハタケ違いだけどフェームを思い出した)。

 花本からはぐみと初日に行くと云っていた山田を森田の個展に連れて行ってくれと頼まれ竹本はクルマの運転手を真山に頼み出かける。失敗と思っていた作品が高値で売れ藤原兄弟から芸術である前に商品だと云われていたこともあり、デカイだけと云った美術評論家にはぐみが詰め寄っているうちに森田が評論家を殴って外へ飛び出て四人が後を追う。森田の提案があり五人で海に向かい、クルマの不調によりお宿で夜を雑魚寝で過ごすことになった。翌早朝の浜で森田がはぐみにキスをする。その情景を竹本が見ていた。

<<ポイント>>
 映画を見て役名・俳優名を間違わないようにと webで頼りにしているwikipediaを見て、ウッとなってしまった。人物紹介だけで長いと云われる僕のブログの数倍ある。人気コミックの映画化であり、評もピンからキリまで、感想も溢れている。基本的には発表当時は原作に較べてダメって意見が多く、徐々に原作と切り離してまあまあ良いんじゃないとなっているようだ。久しぶりに映画のことでも書こうかと適当に選んだ一本として実に適切ではなかった。

 名作「砂の器」は原作より映画のほうが数段良かった。あの場合映画を見て原作を読んでみたくなったが(読んで失望)、この映画の評として見たからと云って原作を読んでみようとは思わない程度ってのがありうまい、そうだよねと思った。でも美大生の感覚・悩み・恋愛を描いて良い出来だとは思う、映画とコミック・小説は別物と割り切るべきだ。美大生の群像劇と楽しめたので上評価とした。

 真山と山田の関係が面白かったが、青春小僧竹本を演じた櫻井翔も、笑顔をはじめ悩むところでも結構楽しめたし、ファーとした天才少女はぐみの蒼井優も良かった。でも美大生の映画にしては”芸術は爆発だ”って感じがなく作品自体が小さくなったようだ。森田の木彫作品も下のほうは良い顔つき・曲線になっていたがサモトラスのニケをもじったような羽は頂けなかった。土産に配ったマスコットとの関連以外目的がなかったのでないかと思うほど(美的センスがないもので違っているだろうけど・・・)。粗筋で書いたはぐみと森田が即興で絵を描くところも窓から覗く学生もワンシーン・拍手する人も少なくショボイ。凡才が入り込めない二人の爆発としてもっと強烈に描いて欲しかったなあ。

 映画の中で気になったことがあった。お宿での入浴シーンだが竹本・森田は会話があり必要だが、蒼井優は観客サービスかと思って見直した。うわっ、蒼井優って上手いなあ。入浴シーンの終わりに薄笑いを浮かべ、それは竹本でなく森田にってことであった。そして二人はできちゃうんですね。早朝の浜辺で蒼井優は見事に演じています。確認するまで、その後なんではぐみがあんなスランプになるかチョット納得できなかったんだけど(^^;。確認して良かった。コミック版でどうだったか知らないけど、その出来事が描かれていれば当然のこととして映画の良さを認識できなかったんじゃないかな。

 竹本の自転車での迷走の場面、中村獅童の登場も予期していなかったので良かった。でも海にフィルムでの再現が必要だったかと太陽はひとりぼっちで感激した僕は思う。あっ、愛の不毛を描くんじゃないから、これで良いか?

 終わりの場面場面もこれで良いんじゃないかな。「青春」小僧竹本が「自分探しの旅」と中村獅童に見抜かれ応援される。皆が「青春」の映画なのだ。竹本とはぐみのようにありがとうと云える人たちの映画なのだ。もっとも、学生時代を思い出して僕的には山田が良い(^^;。

 そうそう題名の意味が判らなかった、ハチミツとクローバー。竹本が架空の存在と信じていた「幸せ」の四つ葉のクローバーのことかと思ったが今一ピンと来ないし、ハチミツが全く判らない。 Webで読んでいてエッと思った。やはり、判る映像が必要だったのでは?

<<楽しめる人>>
青春映画ファン
人気のある方々が出ているのでファンの方々。

コミック版を読んで唯一無二に素晴らしいと思った方は観ないほうが良いそうです。

P.S.
 最近はTVで映画を見ていても居眠りすることが増えた。それだけなら歳を取ったってことだろうが、興味を持って一本通して見ることが少ない。うつ状態もあるかと試しに本ブログ用に見ようと抜き取ったブルーレイディスクから本作を適当に選んだ。あくまで映画を見た感想であり、コミック版とは違うとご理解下さい。

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四国遍路 札所の風景 [写真・カメラ]

 まる七さんへのコメント(宇佐大橋周辺の遍路道)を書いて歩き遍路の再開をやめた。そして17/18日と写真を撮って回った。国道 194号線で西条へ行き石鎚神社本宮を参拝、その後一気に大興寺・観音寺(と神恵院)、本山寺の撮影をして道の駅たからだの里さいたで入浴・仮眠。零時前に目覚めたので徳島県神山に向かい到着後仮眠して、午前 7時前から焼山寺を撮影。以後、ロープウェイを乗らずにと思ったが国道と歩き遍路道が交わる分岐を素通り。太龍寺はパスとして薬王寺まで撮影した。

 クルマ遍路の方と相前後して進んでいたが、参拝もせず写真だけを撮っていたので時々一緒になっていた御夫婦の奥さんから本を作られてはと云われた。まあ、いずれブログお寺の紹介で使うだろうと撮影していたので何時ものように説明的に撮影している。稀にこんな写真は使えないよなあと思う写真も撮っている。今回は先奥さまの言葉で背中を押されたと久しぶりにカメラ・写真のカテゴリーに載せてみようと思いながら自宅に戻ってきた。

 撮影が終わってからのもので、恥ずかしいのですがご笑覧ください。m(_ _)m

一日目


67番大興寺にて(17日)
心経唱和のあと(大興寺)



69番観音寺(17日)
遍路ロウソクと反射(観音寺)



69番観音寺(17日)
観客の少ない庭園(観音寺)



70番本山寺(17日)
悠久(本山寺)


二日目


12番焼山寺(18日)
忘れられた親子(焼山寺)



13番大日寺(18日)
モニュメント(大日寺)



14番常楽寺(18日)
贈り物(常楽寺)



15番国分寺(18日)
色即是空空即是色受想行識亦復如是(国分寺)



16番観音寺(18日)
いにしえの技(観音寺)



17番井戸寺(18日)
名蹟(井戸寺)



18番恩山寺(18日)
四国遍路(恩山寺)



19番立江寺(18日)
整える人(立江寺)



20番鶴林寺(18日)
山のお寺(鶴林寺)



22番平等寺(18日)
薬師の念い(平等寺)



23番薬王寺(18日)
人を招き悪霊を払う(薬王寺)



宇佐大橋周辺の道(歩き遍路用) [四国遍路]


道中(番外・施設など)

遍路は地元の方への無財七施の修行の心で m(_ _)m。

本ブログの四国遍路にはじめての方へ



井ノ尻から青龍寺への遍路道:第35番清滝寺←→第36番青龍寺間

附)36番青龍寺←→37番岩本寺間の須崎市営巡航船



 僕がクルマで札所を回りはじめたのは昭和48年だ。その年に土佐市の宇佐大橋ができている。当時のドライブ用地図には既に宇佐大橋・横波スカイラインが載っている(国民宿舎土佐は建築中と)。今はなき横波スカイラインの料金所とともに、「竜の渡しバス停」・「竜の渡し」も描かれている。

 歩き遍路は近くて歩きやすい道が新たに出来てれば、旧遍路道を歩きたいと思っていない方は、そちらを選択する。宇佐大橋ができてから青龍寺への道は渡し船を使うこともなくなった。青龍寺公式ホームページ弘法大師も青龍寺を創建するさいに、この湾を船で渡っていた。お供をした8人を残している。その子孫が「竜の渡し」というこの渡し船を、近年まで代々守り続けてきたと伝えられている。と書かれている。

 今も宇佐大橋を渡り井ノ尻との分岐に旧遍路道への案内がある。土佐は遍路道が少なく残っている遍路道は荒れていると云われるが、見るところほとんどのお遍路さんは横波スカイラインへの道を選ばれている。いにしえの澄禅も歩いたのはその道でない。その道はもともとなかったのだ。今回は旧遍路道を歩いてみたのでご紹介(ほとんどの地図に道が示されていないのでGPSログをとりました)。

 その前に須崎市巡航船について。井ノ尻・青龍寺間の遍路道同様、ここの所船便を利用される方も少ないようです。下記引用のように浦々を結ぶ道が整備されていない頃は船が利用されていたようです。もし道があれば現在のものと違い山のほうにあり、浦々に降りていくようになっていたのでないでしょうか?埋立の船乗り場は、福島休憩所を過ぎて土佐市が須崎市になりバスターミナルがありその次、すぐです。

お遍路さんも巡航船に乗ってみませんか

 四国霊場三十六番札所・青龍寺から三十七番札所岩本寺への本当の遍路道は海の上という説もあり、空海も次に向かう際は湾を船で移動したそうです。
※岩本寺へは埋立~横浪間をご利用ください。なお、横浪から須崎市内中心部への路線バス等の公共交通手段はございません。


 埋立発は、7:05/10:05/13:47/16:00(2013/10月)のようですが変更もあったりご自身で確認を。

 前置きが長くなりましたが、旧遍路道。


青龍寺ルート


 青龍寺まで行っていない(^^;;;のですが、いつも歩くところに出てGPSを切りました。この地図向かって左の赤丸は須崎市巡航船埋立船乗り場です。また、細い線で追加したのは竜の渡しから遍路道への想像経路です(一応歩いてこのみちだろうと)。正直思ったほどはショートカットになってなかったです。


井ノ尻と横波スカイラインへの分岐点


 宇佐大橋を横浪半島に下りすぐ出てくる道の所。右に行けば井ノ尻から旧遍路道、直進すれば横波スカイライン方面です。地名は井尻・井ノ尻両方使われているようですが、今回ここの右手に井ノ尻の標識があり使用しました。


井ノ尻から遍路道への分岐点


 広い道をまっすぐに歩いていると標識が出てきます。もう少し行って曲がるんだよとの標識にも見えますが、ここを曲がります。なお、この道は歩き遍路のバイブル、空海の史跡を尋ねて 四国遍路ひとり歩き同行二人[地図編](へんろみち保存協会)に出てこず、歩き遍路お馴染みの道標マークは一切ありません。

 時に、この本の不備(距離が違う、場所が違う、旧遍路道でない)を耳にすることがありますが-道引大師にて- 宮崎建樹さんが亡くなられた事情(四国の道よ空よ海よ)(深津邦夫さん SLIGHTLY OUT OF FOCUS / ちょっとピンぼけ)に書かれている(下記引用)ように故宮崎建樹氏によって辿ることが可能になった旧遍路道も多く、改訂され続けてきた本です。歩いて安全な道を載せてくれているとの感想を述べられた方もいらっしゃいます。本の価値は失われていません。今後も改訂され続けることを祈っています。

■…四国霊場八十八カ所の遍路道。歩いて巡る「歩き遍路」が今ほど多くなかった約30年前から、2千本以上といわれる道しるべをほとんど一人で設置してきた。次男の世紀さん(41)によると、宮崎さんが始めて遍路道を歩いたのは1979年。肝臓の病気を患ったのがきっかけ。当時の道は雑草が伸び放題、歩き遍路用の地図はなく、標識も少なかった。「迷う人がないように」と松山市で寝具店を営む傍ら活動を始め、やがて「遍路道保存協力会」を立ち上げた。 会員は宮崎さん一人。ボランティアを集め、雑草除去や昔の遍路コースの調査と復元にも取り組んだ。道しるべは木のくいにペンキを塗っていたが、老朽化が早く、園芸用の鉄の棒にプレートをつけるようになった。
 90年には歩き遍路用の地図を始めて掲載したガイドブックを出版。麦わら帽子をかぶり、ロードメジャーで距離を測りながら実際に歩いて作った地図は、霊場間の道のりや宿泊施設の位置が丁寧に記されている。評判を呼び、版を重ねた今ではお遍路さんの「必携品」となっている。四国八十八カ所霊場会本部事務所の淵川法仁さん(56)は「細かく設置された道しるべのおかげで安心して歩けるようになった」と活動をたたえる。
 昨年11月8日、軽ワゴン車で出かけたまま行方不明に。山道で足を滑らせたとみられ、約1カ月後、松山市内の山中で遺体が見つかった。老朽化した道しるの更新、ガイドブックの改訂、やるべきことがまだまだあった。以上といわれる道しるべをほとんど一人継ぎ、協力会は有志が存続させる。生前の口癖は「自分は黒子だから」。宮崎さんがこつこつと設置した道しるべを頼りに、今日もまたお遍路さんが歩いていく。11月17日死去、75歳。…
m(_ _)m 謹んでご冥福をお祈り致します。依光次郎



旧遍路道への標識


 地元の方には、港(USA井ノ尻マリーナの名称 (^^v )への道であり、旧遍路道とは区別しているのだろう。遍路が歩く所が、遍路道であり既に旧遍路道だと思うのだが。でも丁度このお家からクルマが出てきて、止まって後200mで遍路道ですと教えてくれた方に感謝。


へんろ道井ノ尻入り口


 遍路道は道標通り左に。USA井ノ尻マリーナともお別れ。


丁石


 コケが迷わせますが、掘られているのは(青龍寺まで)「廿一丁目」です。


あと400m


 この道には100m毎にこのような立て札があります。右手にお墓が見られますが入り口から少しの間は右手に墓地があります。


雨で真ん中が流れた道


 登りはじめて、これで向こうまで行けるのかと思った箇所です。幸いここだけの印象になりましたが、折角整備した道の真ん中が雨で流されたようです。よけて通れるし、今なら横木を踏んで歩くことも出来ました。まあ階段は折角作っていても歩き遍路は横を歩くことが多くなると思います (^^;歩幅ガ合ワナイトネェー から支障はあまりないです。


あと300m

あと200m


 道の雰囲気が判って頂ければ。もう少しきつい所はありますが、通れない!!と思う所は全くありません。


峠付近


 他の所にある道標に竜井尻峠と表示されていますが、竜と井尻の間の峠であり便宜上最近付けた名前でないでしょうか?


唯一の眺望


 この道、ほとんど景色を見る所はありません。一ヵ所だけ遠望が利くところがあり絶景です、丸木のベンチも設置されています。この写真より広い範囲が見渡せますが、室戸まで見えるだろうと撮った写真です。室戸岬まで見える日はそう多くありませんので見ることができれば運の良い方だ。


丁石


 峠から500m下ったところにある丁石。写真を撮る時は九丁目とハッキリ判読できるとだけ思ったものですが、新しいもののようです。ここまで平坦な道だけでなく下りが急で杖があって良かったと思うところも少しありました。


里へ


 ここに来るまでに道のすぐ下に家の屋根が見える所もありましたが、平坦な道で下りきったと実感(そう大層な道でもないが・・・)。


青龍寺への道


 ここは青龍寺に行くクルマも通るところ。写真とログを撮ろうとやってきたのでもう良いかとお寺には行かず帰りました。

P.S.
 土佐路は旧へんろ道がすくないとお嘆きのあなた。標高100mの山越え1.2Km強、いかがですか?


35番清滝寺(未)-----道 中-----36番青龍寺(未)



総閲覧数100万突破ありがとうございます。 [お知らせ]


100.jpg



 8月下旬に総閲覧数が100万を超えていました。(放置はしていないけど)毎日投稿していた頃に較べると放置同然ですが、毎日150名ほどの方が迷い込まれます。(^^; 感謝の気持ちで最近調べた(久しぶりに鑑賞した)1999年にNHK BS2で放映された「夢の美術館 日本の美100選」の内容(名作ナンバーとして紹介されたもの)を記載させて頂きます。

1 富嶽三十六景 葛飾北斎
2 国宝 百済観音 (法隆寺蔵)
3 国宝 風神雷神図屏風 俵屋宗達(建仁寺)
4 国宝 紅白梅図屏風 尾形光琳(MOA美術館)
5 国宝 燕子花図屏風 尾形光琳(根津美術館)
6 国宝 山水長巻 雪舟(毛利博物館)
7 国宝 秋冬山水画 雪舟(東京国立博物館)
8 国宝 破墨山水画 雪舟(東京国立博物館)
9 国宝 火焔形土器 (新潟県十日町市)
10 国宝 埴輪 挂甲の武人 (東京国立博物館。群馬県太田市出土)

11 麗子微笑(青果持テル) 岸田劉生(東京国立博物館)
12 黒楽茶碗 銘俊寛 長次郎(三井文庫別館)
13 国宝 白楽茶碗 銘不二山 本阿弥光悦(サンリツ服部美術館)
14 国宝 色絵雉香炉 野々村仁清(石川県立美術館)
15 国宝 待庵 伝千利休(京都大山崎、妙喜庵)
16 桂離宮
17 国宝 源氏物語絵巻 (徳川美術館・五島美術館)
18 国宝 信貴山縁起絵巻 (朝護孫子寺)
19 国宝 伴大納言絵巻 (出光美術館)
20 市川蝦蔵の竹村定之進 東洲齊写楽

21 国宝 姫路城
22 国宝 平家納経 (厳島神社)
23 国宝 陽明門など日光東照宮
24 東海道五拾三次  歌川広重
25 婦人相學十躰  喜多川歌麿
26 平治物語絵巻 ボストン美術館
27 松島図屏風 俵屋宗達(フリーア美術館)
28 国宝 那智瀧図 (根津美術館)
29 伊勢神宮(正殿)
30 国宝 彦根屏風 (彦根城美術館)

31 国宝 普賢菩薩像 (東京国立博物館)
32 国宝 檜図 狩野永徳(東京国立博物館)
33 国宝 十二天像 水天 (京都国立博物館)
34 国宝 山越阿弥陀仏図 (禅林寺)
35 国宝 舟橋蒔絵硯箱 本阿弥光悦(東京国立博物館)
36 夏秋草図屏風 酒井抱一(東京国立博物館)
37 八橋蒔絵螺鈿硯箱 尾形光琳(東京国立博物館)
38 凍雲篩雪図 浦上玉堂(川端康成記念会)
39 国宝 袈裟襷文銅鐸 (神戸市立博物館)
40 釈迦十大弟子 棟方志功

41 国宝 土偶(縄文のビーナス)(茅野市尖石縄文考古館)
42 木喰仏 (藥師三尊像) (栃木県鹿沼市)
43 円空仏 (両面宿儺像) (千光寺/高山市)
44 日月山水図 (金剛寺/河内長野市)
45 国宝 十一面観音立像 (向源寺/高月町)
46 国宝 明恵上人像(樹上坐禅像)(高山寺)
47 国宝 菩薩半跏像 (中宮寺)
48 国宝 弥勒菩薩半跏像 (広隆寺)
49 国宝 四天王立像 (東大寺)
50 国宝 八部衆立像 阿修羅像 (興福寺)

51 国宝 仏頭(白鳳期) (興福寺)
52 国宝 釈迦如来及び両脇侍像 (法隆寺)釈迦三尊像
53 国宝 観音菩薩立像(久世観音)(法隆寺夢殿)
54 国宝 玉虫厨子 (法隆寺夢殿)
55 国宝 薬師如来及び両脇侍像 (薬師寺)藥師三尊像
56 国宝 塔本四面図 (法隆寺五重塔)
57 国宝 鑑真和上座像 (唐招提寺)
58 国宝 薬師如来立像 (神護寺)
59 国宝 両界曼荼羅図 (東寺)
60 国宝 不動明王二童子像青不動(青蓮院)

61 国宝 如意輪観音坐像(秘仏 大阪河内長野市 観心寺)
62 西芳寺庭園(西芳寺 苔寺)
63 国宝 阿弥陀聖衆来迎図 (有志八幡講十八箇所院蔵)
64 国宝 平等院鳳凰堂 (平等院)
65 国宝 阿弥陀如来坐像 (鳳凰堂)
66 千体千手観音立像 (三十三間堂)
67 国宝 鳥獣人物戯画 (高山寺)
68 国宝 三十六人家集 (西本願寺)
69 国宝 伝源頼朝像 (神護寺)
70 国宝 伝平重盛像 (神護寺)

71 国宝 金剛力士立像 運慶(東大寺)
72 国宝 俊乗上人坐像 運慶(東大寺)
73 空也上人立像 康勝(六波羅蜜寺)
74 国宝 無著菩薩立像 運慶(興福寺)
75 鹿苑寺金閣
76 国宝 慈照寺銀閣
77 龍安寺石庭
78 国宝 洛中洛外図(上杉本) (米沢市)
79 国宝 楓図 (智積院)
80 国宝 不空羂索観音立像 (東大寺)

81 国宝 日光仏立像 (東大寺)
82 悲母観音 狩野芳崖(東京芸術大学大学美術館)
83 鮭 高橋由一(東京芸術大学大学美術館)
84 屈原 横山大観(厳島神社)
85 落葉 菱田春草(永青文庫)
86 炎舞 速水御舟(山種美術館)
87 海の幸 青木繁(石橋美術館)
88 湖畔 黒田清輝(東京国立文化財研究所)
89 紫禁城 梅原龍三郎(永青文庫)
90 金蓉 安井曾太郎(東京国立近代美術館)

91 女 荻原守衛(碌山美術館)
92 テラスの広告 佐伯祐三(ブリジストン美術館)
93 太陽の塔 岡本太郎(在吹田市)
94 国宝 地獄草子 (奈良国立博物館、東京国立博物館)
95 夜色楼台図 与謝蕪村(個人蔵)
96 群仙図屏風 曽我蕭白(三重県立美術館)
97 動植綵絵 伊藤若沖(宮内庁三の丸尚蔵館)
98 夕顔棚納涼図 久隅守景(東京国立博物館)
99 古伊賀水指 銘破袋 (五島美術館)
100 国宝 松林図屏風 長谷川等伯(東京国立博物館)

 本当は「夕顔棚納涼図」の名前が出てこなくって(^^;、本番組ではじめて知ったもので、見ながら控えたものです。Tabキーで整えていたので乱れていました。m(_ _)m またその後国宝指定を受けたものもありますが、(いろいろ間違いがあると思いますが)記録したままで載せておきます。とまぁ、いつもながら適当ですが、今後も宜しくお願い致します。m(_ _)m

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