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    <title>幡多人のひとり言</title>
    <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/</link>
    <language>ja</language>

    <pubDate>Sat, 14 Apr 2012 18:20:24 +0900</pubDate>  
    <description><![CDATA[地方に住まいする団塊世代。思いを独断と偏見で綴ります。　素人の素人による素人のためのブログで、プロ向けではありません。]]></description>
    
        <item>
      <title>一心庵（土佐清水市下ノ加江）さんには「売家」の張り紙</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2012-04-14</link>
      <category>四国遍路</category>
      <pubDate>Sat, 14 Apr 2012 18:20:24 +0900</pubDate>
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      <description><![CDATA[一心庵（土佐清水市下ノ加江）さんには「売家」の張り紙<br />
<br />
　2012年 4月 5日、僕は下ノ加江海浜公園でテント泊をして足摺岬に向かっていた。昨年は金剛福寺からお遍路をはじめたもので、無事終わったお礼参りだ（全部を回りきる前に大日寺からつないで岩本寺からも歩いて来ていたがお礼参りとして来たくなり、伊豆田トンネル手前でやめていた）。<br />
<br />
　一昨年１日 8Kmの行程ではじめた歩き遍路だったが、一日24-25Kmは歩ける様になってきた。強い痛みに堪えながら歩いていたが、徐々に強い痛みは減ってきた。軽い痛みは続いているが、辛抱できなくなってしまう45分ほどは割と気楽に歩き続けることが出来るようになっている。時間を充分にとれば、30Km近い距離も可能でないかと思っている。<br />
<br />
　例えば一昨年伊豆田トンネルを歩いた時、トンネルの手前で充分足を休めて入ったが、通り抜けるまでに痛みが楽になるまで四回休まざるを得なかった。立ったままだと楽になるまで一回当たり10分はかかる。だから長いトンネルを何時抜けることが出来るのかと絶望に近い思いをした。それが今回、伊豆田北坂でバスを降りてレストラン水車横の休憩所まで休むことなく歩けるのだ。v(^_^)<br />
<br />
　しかし、今でも45分前後で休まないと、痛みと痺れ感で足が動かなくなる。そうなると一昨年と同様だ。どこでも座れそうな場所を見つけて休まなくてはいけなくなる（もっとも一昨年は待ったなしになるので、イスパックを購入した）。座れそうな場所を見つけるのは慣れている。乾いた側溝なら足を下ろして座り込む、探してみるとコンクリートの階段が海や川、山に向かって結構あるものだ、人が居る所で、それなりに座れそうな所があれば声をかけて断られることはまずない・・・。<br />
<br />
　この時もそうだった、足が痛くなっていた。風も強いので笠の紐をもう少し絞めておきたいと、どこかないかと見ると国道からチョット離れた広場に椅子がある。迷わず座りに行き笠を外し紐を直そうとした。そうしていると道の向こう側からご年輩の女性が来てくれた。<br />
<br />
「笠が壊れたのですか？」「宜しかったら、これを。」と錦の納め札とオロナミンＣを頂戴した。正直、錦の納め札は好みでない。(^^;今までにも二回頂いたが、それをありがたがる方に差し上げた。でもお接待の錦札、丁寧にお礼を云って話はじめた。「どちらからですか？」バスに乗ったのは宿毛からだから、正直に地元宿毛ですと答えた。「私も随分クルマでお参りさせて頂いたが、本当に歩きの方は大変ですね。」「お遍路さんのために一心庵と云う所でお接待させて頂いていました。今でもトイレは開けてあげたいのですが・・・」ここで、エッと思った。<br />
<br />
　一心庵さんは伊豆田トンネル・ドライブイン水車とともに下ノ加江近郊の目印になる所だった。国道から行くと下ノ加江の家々を通過し右折、橋を渡り国道が左にまわる所にあり、そこは旧遍路道との交差点であり旧遍路道（中村・三原両方）を通ってきても一心庵の前を通過する。白い建物自体も目立つが、お遍路案内所休憩所とともに一心庵としっかり書かれている。評判も良く宿泊や立ち寄る歩き遍路さんが多いところだった。前日海浜公園に行く前に寄ってみたいと思っていたが、「売家」と張られていた。僕は残念な気持ちになったものだ。<br />
<br />
　道隆さん（隆は旧字体が本当と）のことは<a href="http://www.sanyo.oni.co.jp/feature/bunka/ohenro/2009/06/17/20090617102524.html" target="_blank"><font color="red">山陽新聞　得度女性営む無料休憩所</font></a>に写真付きで紹介されている。<q><font color="blue">起業したこともある。それを整理し、インドを旅し、５０歳を超えて、たまたまバスツアーできたお四国にはまった。</font></q>そして遍路をはじめて十数年前に得度した後、<q><font color="blue">無料休憩所を考え、借家を探して、現在地に落ち着いた。休憩だけでなく、請われれば宿泊も。食事に翌日の弁当まで付ける。</font></q>とあるので一心庵はご自分のものではなかったようだ。他のサイトによると開業までに牟岐町駅前の旅館「あずま」で一年間女将さんと生活をともにしたようだ。<q><font color="blue">自らも車の遍路を続けながら、遍路のために生きる。</font></q>ことにしたが、<q><font color="blue">人を泊めたりすると責任があるから、いい加減にできません。大変です。余生は山にこもろうかと</font></q>話しておられる。いずれは一心庵も閉じる気持ちがあったのかもしれない。僕は一度も立ち寄っていない（歩きの一度目は安宿さん泊まり、この時が二度目）ので、今回は寄ってみようと思っていたのだ。「売家」の張り紙を見て、宮城県気仙沼ご出身、震災があり故郷に帰られたのか？ご縁がなかったと思っていたのだ。<br />
<br />
　僕が休憩したばかりに、わざわざ国道の向こう側からお接待に来てくれたのだ。感謝感激である。一心庵さんは売家になっていますが、庵主一心庵道隆さんはお元気で土佐清水市にご在住です。そのことをブログに書いて構いませんかと尋ねると、ネットではほとんど発信しなかったが皆様にはいろいろ書いて頂いた。どうぞ、書いて下さいと自然体。道隆さんの錦の納札、納経帳に挟んで一緒に回らせて頂きます。<br />
<br />
P.S.　明日から三回目（二回目は膝を痛めて半分ほどクルマ）の歩きをはじめます。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>チョット興奮して眠られない</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2012-03-07</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Wed, 07 Mar 2012 04:10:48 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2012-03-07</guid>  
      <description><![CDATA[チョット興奮して眠られない<br />
<br />
　その興奮したことを、メモ的にだが、ポメラで書いて気分が少し落ち着いた。ここはもう少し普段の気持ちになるように続けよう。<br />
<br />
　以前このポメラが見えなくなり、紛失したかと思ったことがある。その時次のポメラはATOKが賢くなると良いなと思ったのでグダグダと書いた。幸いポメラが見つかりそのまま使っているが、「次のポメラ」が発売され形態の変化もあったがATOKは間違いなく賢くなったようだ。PC版ATOKはほぼ期待通りの変換をしてくれるから、ATOKそのものには満足している（「えいとっく」と打ってもATOKにならないポメラ版、「ぜろせん」と打つと零式艦上戦闘機と返るPC版）。ポメラ版がおそらくメモリの関係でDM10,DM20,DM100と進化しているだけの話だ。<br />
<br />
　DM20かDM100かお迷いの方もいらっしゃるだろう。バタフライ・キーボードかストレートタイプかの形態の違いだけでなく、機能もDM100が進歩している。ブルーツース・辞書の搭載はありがたい機能だろうし、ATOKも長い単語でなければ２万語登録できるとのこと。まあキーボードのタイプがどうでも良い方はDM100が無難だろう。<br />
<br />
　しかし敢えて書くが(^^;、クルマ好きにはDM20YURAモデル（DM20Y）も捨て難い。キーボードを開く際に注意書きがある。標準（僕のDM10）では割とどぎつい注意書きが目に飛び込むが、このモデルは左側のキーボードが出たり入ったりする様子からか、ピストンが描かれ注意は控えめに（しかし、しっかりと）書かれている。<br />
<br />
　キーボードもファンクションキー１にはF1の文字とともにF1イラストが描かれ、リターンキー（決定キー）はチェッカーフラグだ。ポールポジションのPは青文字、スタートのSは赤文字だ。クルマ好きとしては、思わずニコッとしたくなる。<br />
<br />
　このモデル、（DM20で比較して）好みは皮カバー付着で別れるところ。機械としての高級感はグッと良くなる。手で持った雰囲気も良い。ただカバーを開けただけでは若干キーボードがグラグラする。これが店頭で嫌われるようだ。私はそれも気にならなかったので構わないのだが・・・。もっとも（今やってみると）カバーを後ろに回すか、ディスプレイをいっぱいに立てるか寝かすかすると安定はする。<br />
<br />
　機能にこだわらず、タイプでDM20かDM100を迷われているクルマ好きにはYURAモデル、お勧めです。（ポメラって機種の進歩とともに複数持たれる方がーネットではー多いようだからDM100から購入し、DM20も気になるお金持ちのクルマ好きにも (^^; ）<br />
<br />
P.S.<br />
僕も、これを入力するために蛍光灯を点けるのだから、DM100をいずれ買うだろうけど・・・。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>放浪への憧れ</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13-2</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Tue, 13 Dec 2011 18:58:34 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13-2</guid>  
      <description><![CDATA[放浪への憧れ<br />
<br />
　僕が遍路をはじめたのは、以前から四国在住の者としてドライブがてらお四国を回っていた。横峰寺と最後に行きたいと大窪寺を残していた。そして思わぬ病気をして、自宅療養をしていると折角お四国をまわっているのに終わっていないことが心残りだった。病気がそれなりに落ち着けば横峯寺・大窪寺から高野山へ必ず行く、そして回りはじめて30年以上経つ訳だから再度回りたいと思ってしまったわけだ。<br />
<br />
　もう一度回るには歩いて行きたいと何となく思うようになった。それは退職して時間が有り余っている状況も関与したのだろう。決して信仰のため修行のためとは思わなかった。むしろお寺参りと云うそれなりの目的をもって時間を使うことに意義を見いだそうとしたのかもしれない。<br />
<br />
　なぜお寺なのかと云えば、単に宗教的に仏教が好きだからとしか云えない。むしろ何故宗教かと自問すべきかも知れない。青春の頃突き詰める程ではないが、人生って？生きるって？と悩んだことがあるのだろう。自分のことと云いながら、そんなに深く悩んだ記憶はないのだが、全く悩んだことがないかと云えばホンの少しはある。<br />
<br />
　しかしお四国を回りたいと思った主な理由は、何回も何回もお四国を回った方々への憧れでないかと思う。具体的には NHK特集「白い旅人たち」に出てくる霊山寺でのお婆ちゃんと番組で二回出てくるお爺ちゃんである。お爺ちゃんは台風の時川に流されて木にしがみついて助かりお大師さんのおかげを話していてが、お婆ちゃんは何回も回るに理由が要りますかねと立ち去る。<br />
<br />
　何回も何回もお四国を回る方々と云っても「私は、何回目の巡礼です」と語る方々にお宿で出会っても、あまり感激しない。あっ、そうですかと思うだけ。当方お大師さんのおかげと思いたいが、仲々心の底から思えない不信心者。回る回数には（良い意味でなく）ご苦労様としか思えない。(^^;<br />
<br />
　「白い旅人たち」の二人は家財道具と一緒に回っている。今でもそのような方々はいる。ただ、昔も今も通常歓迎されない、お遍路仲間からもあの人たちとは違うと思われている方が多い。しかし、このような方々が本来お遍路の原型なのでないだろうか？いや、勿論原型は修行僧にあるだろうから、遍路の主役と云うことで。<br />
<br />
　そのことは、やはり「白い旅人たち」の中でも語られている。「ヘンロ」は上等で「ヘンド」はダメだと思ってしまうのは、それはそれで理由もあるけど、一方的な見方に過ぎないのかも知れない。何らかの理由で四国で終わりのない旅を続けるだけのことだろう。<br />
<br />
　僕にはその旅は決して安易なものでないと思われる。安易でないことへの挑戦は好むところだ。そう思うと放浪も良いかなと（今まで表向きには安くつくからと (^^;ソレハソレデ本当）、つい思ってしまった。ついでに書くとお宿を頼って一回りしても何か物足りなかった。どうしてかと考えると、お大師さんもされていた宿探し、野宿をしていない（必ずしも放浪ってことではないが・・・）。<br />
<br />
　放浪の基礎固め(^^;と野宿・テント泊もする遍路をしていたが、ぼつぼつ他のことへの好奇心が強くなるような気がする。僕ってブログの紹介にも書いているが、何をやっても素人でプロになれないなあ。放浪も憧れで終わるのだろうか？<br />
<br />
P.S.<br />
　じっくりテントの中で考えてと思っていたが、南国高知のテント内は日中暖かいなんてものでなくサウナの中!!充分意を尽くせず中途半端だが、こんなものは？として掲載します。あちらこちらブラブラしたいって方はいますよね。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>眞念庵</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13-1</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Tue, 13 Dec 2011 16:15:07 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13-1</guid>  
      <description><![CDATA[<div align="center"><img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/image/2011-12-13T16:15:14-1fce5.jpg" alt="NEC_0212.jpg" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></div>眞念庵<br />
<br />
　この夏土佐清水に行くことになり、遍路として眞念庵を訪れたかった。実際伊豆田トンネルを抜けて右折、三原村への道で眞念庵を探した。眞念庵納経所があり、すぐ近くだ、レストラン水車からも道があると教えられた。その時は三人連れで、他のお二人もお四国には興味を持たれていたが（一人はヒッチハイクO.K.の若い遍路さん）、中途の寄り道であり行かなかった。納経所の息子さんが母親を呼び出してくれたので申し訳なく、お参りはまた必ず来るから納経して頂けるかと尋ねると、何時でも良いが出来ますとのことでお願いした。<br />
<br />
　今回必ず眞念庵に参拝と思って、昨日ドライブイン水車近辺の駐車場にクルマを置いて伊豆田トンネルよりの標識に従って山に入った。ドライブインで昼食と思っていたが定休日の看板で食べずに山に入った。<br />
<br />
　道しるべは結構あったが、道が二つに分かれている所からなくなっていて困った。左のほうが広いので、いにしえの主な道ならこちらと行ったが、広い所に出てチョット見には先がないようだった。もどって狭いほうはドンドンと登って行くし、クルマから離れて行く。下を見ると結構奥まで来た感じがする。尾根までもう少しになったがチョット低血糖気味になり、無理をして道に迷ってはと戻った。本当に国道の近くには道しるべがあるが、少し奥には（僕が別の道に入り込んだのでなければ）標識がなかった。<br />
<br />
　そこで今日は納経所があった村から登ることにした。クルマで納経所のお家を過ぎるとすぐに左眞念庵右延光寺の石柱が立っていた。眞念庵まで180m、昨日のことを思うと楽勝である。実際道も良く（昨日のほうが遍路道の雰囲気はある）すぐに着いた。<br />
<br />
　屋根なども昔からある建造物ってことはなく、やっとたどり着けましたと参拝。しかし、眞念庵の周辺の雰囲気は非常に気に入った。今回は遠慮したが（また昼食前になってしまった）、奥に行く道も竹藪に囲まれて広い。<br />
<br />
　何より良かったのはミニ八十八ヶ所。二列に整然と並んで、所々に花が置かれている。参拝者が持ってきた可能性もあるが、花の種類・数から地元の方々が今も参拝されているのだろう。本当に気持ち良かった。<br />
<br />
　歩き遍路は基本的に寄り道をしたくない。疲れているし、足の調子も万全でないかも知れない。でも、歩き遍路のリーダー眞念さんに感謝の意を表するに、伊豆田トンネルを抜け右折すればそう遠くない所に眞念庵はあります。そこからは足摺には来た道でも良いし、僕が迷った足摺街道（旧遍路道）へのチャレンジでも良いのでは（僕が歩いていた道が正しければ下道よりはチョットきつい）。<br />
<br />
P.S.この記事はいずれ写真を加えて書き直します。<br />
m(_ _)m<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>足摺岬が鰹のたたき発祥の地</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Tue, 13 Dec 2011 14:23:04 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-13</guid>  
      <description><![CDATA[足摺岬が鰹のたたき発祥の地とご存じですか？<br />
<br />
　今日のお昼ごはんは、伊豆田トンネルを抜けたドライブイン水車でと思っていた。昨日寄ったが、定休日となっていたからだ。ところが今日も「定休日」・・・。近くでの用事を済ませて土佐清水の市街に行った。歩き遍路の時立ち寄ったパスタ屋さん（元のバスセンター近く）が感じよかったからだが、クルマを停める場所が判らなかった。結局、ぐるりと回ってお馴染みの足摺黒潮市場の食堂に向かった。<br />
<br />
　ある方がラーメンとカレーライスは全国何処でもあり、ラーメンに当たり外れはあるがカレーライスにはそれがないと仰言っていた。そうだそうだと思ったが、その後やはりカレーライスでも外れはあると思い知ったことがある。同様な言草になるだろうが、高知でたたきに当たり外れはないと思う。そこでたたき定食を注文した。<br />
<br />
　そのたたきだが、これが鰹のたたきであると定番はない。高知市内ではタレをつけるのが普通だが、生まれ故郷の宿毛ではたたきがタレの中に浸かっているのが普通だ（った？）。これが高知県でも東のほうに行くとゆずが加わったりして調理法が複雑になるようだ。<br />
<br />
　足摺黒潮市場で何気なくメニューを見ていると、この記事の題目「足摺岬が鰹のたたき発祥の地とご存じですか？」とあり、別ページに土佐清水の西海岸が発祥の地と書いて、鰹の古語、松魚（まつうお）が訛って地名松尾になったと足摺岬西海岸が擬せられている。別ページにたたきの発祥地には諸説あると書かれているので別段文句を付けるわけでない。<br />
<br />
　僕の知っている範囲では、鰹のたたきは九州から大月町に伝わり土佐で徐々に東に伝わっていったと云うものだ。大月町でも（足摺岬西海岸ではなく）土佐清水市の西海岸でも同じようなものだろう。この知識は上に書いた調理法の変化を研究された方が（僕が学生の頃）ラジオで語っていた話からである。確かに調理法としては西が簡素で東は手が込んでいる。ここの所高知市内でも塩たたきと出されるが、幡多の一部に残っていたものだ（食塩でなく天然塩が容易に入手可能になったのもリバイバルの一因だろう）。<br />
<br />
　なぜ九州からかは判らない。九州の豊後水道沿いに同じ食べ方があるのだったら、幡多と同一発生と思ってもよいと思う。鹿児島は枕崎まで遡ることが出来ればオリジナリティは、そちらかも知れない。しかし、鰹のたたきとして調理法を確立発展させたのは幡多・土佐であることに間違いはないと思う。学者の見解統一ならずと教えられたことがある。足摺岬でも大月町でも九州でも良いが、今日の足摺黒潮市場、美味しかったです。v(^_^)<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>今回からの新兵器</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-12-1</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Mon, 12 Dec 2011 21:28:01 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-12-1</guid>  
      <description><![CDATA[今回からの新兵器<br />
　今までのテント泊と違う点がある。外は暗闇になっているがテント内に充分広がる明かりがある。時にヘッドライトでポメラの入力をしたこともあるが、たかが入力に大事なヘッドライトの電池が勿体ないと思っていた。今回はテントにランタンを吊している。<br />
<br />
　雑誌などのコマーシャルで LED電球ながら風などで明かりがゆれると好評のスノーピーク「ほおずき」である。一人用テントにはチョット大柄だが、運搬時白い部分が柔らかくバッグの中でも、過度の圧迫を避けて、適当に上のほうなら大丈夫だ。<br />
<br />
　しかし、肝腎の炎の揺らぎが期待したほどでないようだ。先刻から風が強くなりテントがバタバタしはじめ、時に変形する程になり「ほおずき」全体が揺れているが炎の揺れが少ない（ないと思って書きはじめたが数回チカチカとゆれた）。今まで手で持ったりするとチカチカしていたので風が吹けばと期待していたが、「ほおずき」が期待通りの光をくれる時は割と強風になってからかな？<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>アホと云う声が聞こえる</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-12</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Mon, 12 Dec 2011 19:03:09 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-12-12</guid>  
      <description><![CDATA[<div align="center"><img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/image/2011-12-12T19:03:11-5c7e9.jpg" alt="NEC_0210.jpg" width="320" height="240" border="0" hspace="5" /></div>アホと云う声が聞こえる<br />
<br />
（原題：チョット寒いけどテント泊）<br />
<br />
　女房殿から電話があった。受信ボタンを押すと（おそらく、うちの亭主は）アホだからと聞こえた。仕事場仲間に話しているのだろう。わざわざ亭主のことを話さなくても良いと思うが、バカとは散々云われてきたが、アホとはあまり云われたことないなあと思わずにやりとしてしまった。寒い時にテント泊が女房殿にはアホ以外のなにものでもないのだろう。<br />
<br />
　今年の梅雨頃から、勤務のない週にはお遍路をしていた。前回左膝の痛みのためこだわりの歩きをやめ、クルマで横峰寺まで行ってしまったので気合いが入らないと云うか、さあ休みだ!!歩きに行こう!!と思えなかった。歩きはじめても膝の痛みのためにほとんど歩けない状態にまたなるのでないか、と心配もする。<br />
<br />
　先々週も遍路を休んでいた。おかげで国民宿舎土佐にお風呂目的で来られた野宿遍路の二人連れにコーヒーのお接待をすることもできた。私の連れはお四国に興味のない方だったがお接待したいと、コーヒー代を半々にし納め札も二人で分けた。この二人連れの野宿遍路さん。元来山登りされる方々で、私はテントのことなど教えていただいた。<br />
<br />
　先週は以後も大人しくしていたが、テント泊をしたくてムズムズするようになっていた。(^^;私は夏の頃から寒さ対策をした重量を背負って歩いていた。やっと、その装備が役立つだろうに残念でもあった。そこで前向きに次のように考えたのだ（アホかなあ・・・）。<br />
<br />
　歩いていると、昼でもここにテントを張ってゆっくりしたいなあと思ったことがある。昼にゆっくりテントでくつろぐのも一興だろう。その予定であり、南国高知、日中テントの中は暖かい。そして遍路中テント泊をしてもコンビニ弁当などで、ご飯を炊いたことがない。ご飯を炊いてみたい。（飯ごう・焚き火の炊飯は何回もしたが、コッヘルで炊いたことがないのだ。）<br />
<br />
　でも軟弱者のためコッヘルにアルミ箔でなく、アウトドアショップでみかけた「不思議な　めし袋」（UNIFLAME）を購入して持ってきた。女房殿の電話はもう少しで炊きあがる頃だった。最後に空の容器で蓋をして 5～10分蒸らすってのを忘れて食べたが芯はなかった。むしろ柔らかすぎる感じだった。次回は間違いなく炊けるだろうが、オコゲはできない。(^^;<br />
<br />
　アホと云われても、三月の霜降り注意報の日にもテント泊をした同じ場所だ。コクーンのシルクインナーも加わっておりまず問題ないと思っている。今治でも朝は寒かったよ、安心してね女房殿m(_ _)m（オッと早四週前か・・・、アホじゃなく軽くバカと云って (^^; ）。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>&quot;キサラギ&quot;</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-11-18</link>
      <category>映像（映画・放送）雑感</category>
      <pubDate>Fri, 18 Nov 2011 15:43:49 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-11-18</guid>  
      <description><![CDATA[キサラギ<br />
邦画　コミカル演劇系（久し振りだから、そのまんま）<br />
佐藤　祐市監督<br />
Ｂ中（でも 100点満点なら80点以上）<br />
2007年　108分<br />
<br />
<<粗筋>><br />
　2007年 2月 4日、あるビルのペントハウスに五人の男が集まった。彼らはグラビアアイドル如月ミキのファンで、彼女の一周忌（死因は自殺）にオダ・ユージ（ユースケ・サンタマリア）の提案で、家元（小栗旬）が呼びかけで集まったのだ。ほかのメンバーはスネーク（小出惠介）、安男（塚地武雄）、そしていちご娘。（香川照之）であった。（以後、いちご娘。は単にいちご娘で表記。）<br />
<br />
　家元は公務員、安男は福島から来たコミカル系、スネークはお調子者で、曰くありげな、いちご娘は無職だった。非常に厳格な態度をとるオダ・ユージは身元を明かさない。ラフな恰好で参加した安男が、オダ・ユージの一周忌だから喪服であるべきとの意見に気まずくなり外に買いに行っている間に、芸能ファンらしく家元のコレクションで盛り上がる。<br />
<br />
　そのうちにオダ・ユージが彼女の死因は自殺じゃないと発言、書き込みの内容・当日の物的証拠からストーカー、いちご娘が犯人だと断定する。途中公務員とは警察のことだった家元が全ての調書を読んだと異議を挟んだが、最後には納得しなければならなかった。しかし、いちご娘には動かし難いアリバイがあった。帰ってきた安男は自分の作ったアップルパイを食べ嘔吐・下痢でトイレに頻回に行くようになり、部屋に入るたびに雰囲気が変わってしまう状況が以後も続くことになる。<br />
<br />
<<ポイント>><br />
　面白かったです。2007年度ブルーリボン賞作品賞を「それでもボクはやってない」と接戦となり受賞、その他の賞も獲得しています。百点満点で80点以上と書きましたが、僕にはあまりにも舞台劇（でも良い映画は結構ある）すぎて「上」ランクにはできませんでした。宍戸錠（イベントの司会および翌年の参加者）がオチでなく、最後のシメで登場できれば上ランクにしましたが・・・。<br />
<br />
　舞台劇らしく設定・内容は結構濃いから飽きることはなく、ドップリと浸かって楽しめば良いわけで、ブツブツと書くことはありません。強いて云えば、皆さん演技派で次はコイツが怪しいと判り過ぎる（ジョニー・ディプ以外）点が少し・・・、でも気楽に楽しめるわけだからそれで良いのだ。でも楽しんだ後、自分のためになったかなと考えると、？？？。だから「Ｂ」ランク。オダ・ユージや家元の自己欺瞞否定・自己批判があり、いちご娘の事情が泣かせるので決して「Ｃ」ではありません。<br />
<br />
　しかし、売れないアイドル（だから、この話が成り立つ）如月ミキを演じた<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E4%BA%95%E9%A6%99%E5%A5%88%E5%AD%90" target="_blank"><font color="red">酒井香奈子さん</font></a>。ええんかいな？こんな役でと思いましたが、もともとが声優さんのようで配役としてはピタリとはまる（誉めてます）。グラビアアイドル系の人ならチョット引くだろうと思いますが、写真集も出しているようです。グラビアアイドル系の方？<br />
<br />
<<楽しめる人>><br />
映像もあり舞台劇とは異なりますが、舞台好きの方なら楽しめます。<br />
<br />
<br />
P.S.<br />
　売れないタレントさんがヘアヌード写真集？随分昔に某プロダクションに勤めていた友人が平気でポルノと云って、エッと思ったことがある。まあ、そっち方面をきびしく描く映画でない（ヘアヌード写真集を好意・美談にしている）から問題にしない。<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>お宿は思い出いっぱい</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-11-15</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Tue, 15 Nov 2011 18:19:05 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-11-15</guid>  
      <description><![CDATA[お宿は思い出いっぱい<br />
<br />
　同じ施設のキャンプ場で二泊した。ここをベースにつなぎ遍路を続けるつもりだった。何時もどおりバス・電車で来なかったのは、ここ二回歩いていると膝が痛みはじめて左足が前に出ない状態になったからだ。自分としては、今回少しでも膝が痛むと道沿いにJR駅もバスもあり利用できると、万一のことを思って宿泊ベースとして選んだつもりだった。<br />
<br />
　今回のコースでのつなぎ遍路は正直間違っていた。(T_T)頼みのJRが学生さんのラッシュを避け次の電車にしたところ、行き違いの為の停車時間が非常に多く、動いている時間と止まっている時間が同じほど（強調してます）。予定の駅（伊予和気駅）に、予定よりかなり遅く着いてしまった。プリントアウトしたバス時刻表・JR時刻表を自宅に忘れて来た自分が悪いのだろうが・・・。まあ、遅れたと思うと足が速くなる。痛みが出てもまあ、まあと進む。結局前々回からと同様に足が前に出なくなってしまった。<br />
<br />
　はじめからテント泊に本館での宿泊も予定していたから、背負える荷物だけでなくあれもこれもと（普通の旅行よりテント泊に必要なものが増えて）、旅行に行くにこれだけ持ったことはない荷物になった。まあ、クルマでここまで来たわけだから、それで可能になったってこともある。返ってテント泊だけの時必要なもの（寒さ対策も含め）が判ったとも思う。<br />
<br />
　で、施設は国民休暇村瀬戸内東予である。ここのキャンプ場は25年ほど前に、以前勤めていた県立病院の同僚医師と当時勤めていた病院の医師と三家族でキャンプを行った。キャンプが爆発的に流行するチョット前のことだ。撤収の前日から激しい雨で、瞬間的には時間 100mmも記録したと帰りのニュースで聞いた。テントサイトまではクルマは厳禁と云われていたが本館まで相談に行き、この雨ならばとテントサイトまで許可してくれた。喜んでクルマをとんで（ダートの道で凸凹、本当にとんだんですな (^^; ）走らせたものだから、パンクしてしまった。雨の中タイヤ交換の羽目になった。<br />
<br />
　しかし、それはまだまだ良いほうで同じ病院の医師のテントは上司からの借り物。他の二つはフライシート不要のロッジ型。一見似ているので気にしていなかったが、一世代前（今なら三世代前？）のフライシートが必須なもの。彼が云うには「キャンプも楽しいですが、強く降ると顔にパッパッと雨が散るのは参りました」と・・・。エッ、それで豪雨の一晩を過ごしたの?!申し訳ないと、上司に云うとアッ、ごめん、フライを忘れてた。いえ、私でなく彼にも云って下さいとお願いした。<br />
<br />
　もう一つの思い出は、病気のため退職を願い出た後、退職までの間に、ここに大学時代の仲良しが集まったこと。新築になって評判が良いと地元の幹事の推薦だった。会席料理だったが、楽しい一晩だったので奥様方にはお値段含めて好評だった。私の病状に今後はどうなると皆が心配してくれた。大学時代の仲良しということはお医者さん。一人が指の変色にはαーブロッカーを試用してはと教えてくれたり（ ACE阻害剤が当初皮膚筋炎のレイノー現象に効果あったとのことで、そちらを服用していた）、原因はタバコでなく血管炎だとは認めてやる。しかし、タバコがいけないことは判るだろうと小児科になった友人に説教（帰る際携帯電話で）されたりした。幸い、その後の経過がまあまあで不完全ながら医療に従事するほどには改善した。あの頃お先真っ暗だった女房殿は、未だに先行きに不安があるようだ。元気になればとわがままなお遍路を許してくれる。当時から感謝のみだ。<br />
<br />
　こんな思い出があるが、お宿で部屋に入って1400円のテント泊と8800円のお遍路価格の差に正直驚いた。景色は良いし部屋は広いし、風呂も洗濯もできる（この二つはテント泊でも別料金で可能）。まあ、キャンプ・テント泊は嫌いでないし、バカ舌（美味しいか不味いかは判る、美味しいからととくに感激しない）の持ち主だから、今後もテント泊とお宿併用を選択するだろう。<br />
<br />
　今回の思い出は何にかな？テント泊も寒さはたいしたことなく、お宿で直ちに風呂と洗濯は遍路のタシナミ。一番の思い出は自分にしてはクルマいっぱいの荷物だろうか (^^; 。友人（前回集まった時の幹事）と会ったのが一番の思い出になりそうだ。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>Pomeraがなくなっていた</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-10-28</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Fri, 28 Oct 2011 20:28:46 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-10-28</guid>  
      <description><![CDATA[Pomeraがなくなっていた<br />
　お遍路の際、記録用の電子機器を持ち歩いている。何が一番適しているか判らないが、前回はザウルスだった。両手で持って親指で小さなキーボードで入力したが、変換効率が充分でなく他の機種を探していた。<br />
<br />
　野宿を考えて当初はボールペンと手帳で軽量化を図ってみた。文字を書くことは楽しかったが、読めない。(T_T)まあ読めないとは半分冗談だが、本当に読みづらい時もある。何よりも書いた文章を利用しようとすれば、現在ではとにかくPCなどに再度打ち込まなければいけない（僕の字は OCRが利く字ではない）。ザウルスで可能だったように、（ファイル変換してでも）テキストファイルになるようにしたい。<br />
<br />
　便利に使っていた Netbookを持ち歩くことも考えたが、いかに軽量とは云え 1Kg以上のものは他の装備との兼ね合いで勘弁願いたい。さらに、壊れ難いだろう SSDの機種(EeePC 901X)はとにかく遅い。 SSDの増設もしていないから、いつも再起動しなければならない。あの遅さはのんびりムードでないと辛抱しきれず、持って歩くなどとても実用的でないだろう。<br />
<br />
　そこで目に付けたのがPomeraである。検査室の窓際族だった頃、ネットで評判が良さそう（ネットでは何によらずヨイショのCM記事に溢れている）で興味があったものだ。折からDM10を安く売りますとメールが入った。Pomeraの使い勝手を試してみようと、買うことは即決し好みの黒を注文しようとして、暗い所では白が目立つかと白を注文した。ところが黒もポチッていた為、二台の注文となってしまった。(^^;幸い婿殿も興味を持っていたとのことで、黒を差し上げた。IT関係の仕事についている娘夫婦だったが、「笑ってしまう程、起動が速い」との使用感だった。その後、どのように使われているかは確認していない。<br />
<br />
　DM10はまあまあ期待に答えてくれたが、あくまで入力の容易さがザウルスに較べてと云ったところだった。重さやキータッチもまずまずなのだが、キーの反応がエッと思うことがあった。そして残念ながら、ATOKがMS-DOSの頃を思い出させる健忘症に罹かっていた。折角変換してすぐ出るようになっていた単語がしばらくするとデフォルトの位置に戻ってしまうのだ。また、登録できる単語数が僕には少なすぎる感じだった。それでも、これがPomeraの良さだとお遍路にも付き合ってもらった。<br />
<br />
　で、何気なくPomeraをネットで見ているとDM20のATOKはより賢くなり登録単語数も増え、簡単な追加辞書もいくつか選択できることを知った。その追加辞書の中に「お遍路辞書」があった。お寺の名前なども健忘症に引っかかってしまっていたから、DM20購入に迷いはなかった。DM10をネットで検討した際、DM10を持っていながらDM20を購入した方が結構いるなあと感じてもいた。<br />
<br />
　使い勝手は数段DM20が上だった。キーの反応もDM10と同じだとされているが、良いように感じる。そして僕には不要と考えていたQRコード表示が結構役立つ。携帯電話に読み込ませて自分宛（PC）にメールすれば、後はコピペで内容を好きなように使える。ブログでメール設定をしておけば直接ブログ登録も可能なのだ。<br />
<br />
　僕のPCとの連携法は変わっていると思う。PCに特定のフォルダを作り、USB接続でPomeraのマイクロSD（しか使わない）の全てのフォルダをコピーする。WORDに VBAでPCのフォルダ内のすべてを読み込ませる。その際最終的に「知子の情報」に一気に読ませる為、#S・#Eなどの制御用文字（知子でのお約束）を付けておく。WORDの内容をテキストファイルとして保存し、そのファイルから「知子の情報」へ連続登録させるのだ。<br />
<br />
　便利に使っていたが、先週末から昨日まで何処を探してもPomeraDM20が見つからない。自分が週末に行った所も確認したが、ない。DM10を代わりに使っていたが、DM20の利点を知った以上満足できない。結局、エッこんなところにとDM20は出てきたが、その間に考えたことを書いてみたい。<br />
<br />
　キングジムがPomeraの改良品を出すのか、出さないのか。出すならば、どのようなものかってことだ。普通、商品が安く売られるようになればモデルチェンジで新しいものが出てくる。今回の（安く売るという）メールなんかも、それでボツボツ新機種投入かと思った。でも、その後数ヶ月経つが音沙汰がない。<br />
<br />
　Pomeraのような専用機の場合、ユーザーが限られているのでないだろうか？テレビCMをするほどにはヒットした（発売後しばらくしてテレビCMだ）。でも、テレビCMをしても、これは便利と買う方々はすでにユーザーになっていて、新規購入者が思うほどいなかったのでないだろうか？また、スマートフォンなどの普及もPomera新機種発売を躊躇させるのでないかと僕は思っています（マーケッティングもIT関係も素人で間違っている可能性大ですが、妄想堪忍）。<br />
<br />
　でも僕はPomeraを使用する方々は、さらに便利なPomeraが出れば購入するのでないかと思う。たとえば僕はATOKユーザーだが、PomeraDM20のATOKは多少賢くなったと云え、PC版ATOKの比ではない（DM10のATOKは健忘症と云われていたことを思い出させた）。今の SSDであれば（すみません、PomeraOSと FEPが SSDにあるかどうか知りません）PC版ATOK実装も可能でないだろうか？Pomeraが見つからずなくなったかと思っていた間、そのようなPomeraが出ていれば買うのにと思っていました。文書入力に徹していれば変換命と考えて欲しい。この線で・・・、新機種でるかな？でないかな？<br />
<br />
　QRコードで携帯電話に取り込み、メール投稿。結構、便利で今からはじめます。v(^_^)<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>四国八十八ヵ所は88ヶ寺？</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-10-23</link>
      <category>四国遍路</category>
      <pubDate>Sun, 23 Oct 2011 21:25:15 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-10-23</guid>  
      <description><![CDATA[八十八ヵ所は88ヶ寺？<br />
<br />
　ある民宿に泊まっている時、後藤典重著「歩き遍路の独り言－四国八十八箇所遍路旅　あなたも歩ける四国遍路みち1200キロ」（新ハイキング社、2006）が置いてあった。読んでいると須崎番外札所大善寺住職との会話が書かれていた。<q><font color="blue">・・・何と納経を出来た寺数は、八十八ヵ所以外に七百ヶ寺近くある・・・と云っていた。</font></q>とあった。もっともこれを記録したのは、この数はお寺さんだけでなく神社仏閣など札所の数だろうと思ったからだ。そこで二枚の写真。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/PA032228.JPG" width="480" height="360" border="0" align="" alt="右に四国霊場札掛、左に四国番外霊場佛陀懸寺とある。" /><br />
</p><br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/PA032234.JPG" width="480" height="360" border="0" align="" alt="真言宗御室派札掛山佛陀懸寺" /><br />
</p><br />
<br />
　大洲に向かって鳥坂（とさか）峠をほぼ下りきった（国道に出てもまだまだ下るよとは云わないで (^^; ）札掛にある佛陀懸（ふだかけ）寺の最近の様子である。お寺のことは<a href="http://www.geocities.jp/shaktiyh/masaos/index2.html" target="_blank"><font color="red">札掛大師復興記</font></a>やawatennbouさんによる「間口は広いが奥行き無し」の<a href="http://blog.livedoor.jp/awatennbou/archives/89866.html" target="_blank"><font color="red">札掛寺</font></a>および<a href="http://blog.livedoor.jp/awatennbou/archives/1472734.html" target="_blank"><font color="red">佛陀懸寺再訪</font></a>に詳しく事情が書かれているので御覧頂きたい。<br />
<br />
　へんろみち保存協力会による地図に表示されている番外霊場を実際に訪れてみると、エッこんなのと思うことはここだけではない。勿論立派な番外霊場もあり一概には言えないが、あまりにも88ある番付札所との差が大きいと感じてしまう。例えば、この仏陀懸寺を管理しているのは61番札所香園寺、別格霊場 7番出石寺、地元の管理人だそうだ（<a href="http://www.geocities.jp/shaktiyh/masaos/takami.html" target="_blank"><font color="red">Subject:　高見宏史氏のことを話そう</font></a>）。香園寺・出石寺ともにその気になれば充分に管理できる財力をお持ちと思うが、賽銭・納経代が少なすぎて実施が困難なのだろう。そうなると遍路のほうの問題になる。<br />
<br />
　どうも、お四国を回った＝八十八のお寺を回ったってことになってしまったようだ。そこで<a href="http://www.city.shimanto.lg.jp/kanko/i-menu01-3.html" target="_blank"><font color="red">浄瑠璃山石見寺</font></a>（四万十市公式ホームページ四万十市観光情報）を見ると、このお寺は<q><font color="blue">四国８８ヵ所巡礼の元第３９番札所</font></q>とある。オイオイ宿毛市（延光寺がある）と争ってもと、真念「四国遍路道指南」を見ると<q><font color="blue">卅九番寺山院　山をうしろにし南むき。はた郡中村。</font></q>とある。道中は間違いなく宿毛平田の寺山延光寺であるが、南むきで中村とくれば元39番札所と云いたい気持ちは判る（もっとも江戸時代の本堂の向きがどうかは知らないが・・・）。少なくとも、ＸＸ番札所と明記したのは真念であり石見寺が第39番札所であったことはないだろうと思う。<br />
<br />
　では、「四国八十八ヵ所」とは何なのだろうか？辺路の頃は置くとして、頼富本宏著「四国遍路とはなにか」（角川選書454、角川学芸出版2009）によれば「世間流布ノ日記」なる書物があり四国遍路日記（澄禅）の後書きに<q><font color="blue">札所八十八ヵ所、道四百八十八里、河四百八十八瀬、坂四百八十八坂、</font></q>と記事を引用されているようだ。アッ、この「世間流布ノ日記」と「四国遍路道指南」で「八十八ヵ所」が異なるとあり、石見寺が（明確な「番付」は真念だが）三十九番目に記載されているのだろうか？「世間流布ノ日記」は現存せず、同じ系統と考えられる<a href="http://www2.ocn.ne.jp/~e-kiyo/hudasyo1-1.htm" target="_blank"><font color="red">奉納四国中辺路之日記</font></a>には「前神寺」のかわりに「石つち山」があったとのこと、やはり番付はない。（因みに澄禅さんは八十八ヶ所の札所には辺路を使い、他の札所は巡礼としていたようです。）<br />
<br />
　ここで「八十八ヵ所とは」を整理しておきたい。まず「八十八」と云う数字だが、１．見思の惑（三界生死の苦諦を招く煩悩）の八十八使に基づく、２．男性の厄年・女性の厄年・子供の厄年を足した（42+33+13）、３．「三十五仏名札懺文」と「観薬王薬上二菩薩経」の仏の数（35+53）、４．天竺の八大仏塔の数を十倍し元の八を加えた、５．米と云う字を分解して八・十・八とした、６．熊野九十九王子からの影響、７．日本古代民族聖数（八）由来などの説があり全く不明である。（この項、頼富本宏著「四国遍路とはなにか」より依光改）ここで注目して欲しいのは１．から５．は先ず88と云う絶対的な数字があり、６．７．は必ずしも88と云う数字にこだわらないということだ（熊野九十九王子は実数ではない）。九十九王子は多いよってことであり、大江戸八百八町も多いよってことだ（実際両者とも実数のほうが多い）。ここで、もう一度「世間流布ノ日記」で澄禅が引用した所を見て欲しい。八十八里・八十八瀬・八十八坂であり、これは多いよってことだろう（因みに四百は八百にすると多いので半分に？ (^^;違ウカナア）。多くの札所・霊場があり「八十八ヶ所」の言葉が生まれて、その後88ヶ所となったのではと僕は思っているのです。<br />
<br />
　また（ここで証拠を出せないのが残念です）、元四国八十八ヵ所のひとつだったとされるお寺がいくつもある本？パンフレット？？？を見て、そんなバカなと思った記憶があるのです。元来「八十八ヵ所」とは四国にある多くの霊場を示していたと私には考えられ、浄瑠璃山石見寺はその一例に過ぎないと。「八十八」が江戸初期には具体的な88と云う数字、いや、もう真念さんが決定的に（順にですが）番付してしまってほぼ決まったお寺（神社）になってしまったと。<br />
<br />
　やっと元に戻りますが、四国八十八ヵ所霊場会所属のお寺（ (^^;回ラレタ方ハ御存知ノ　公式ホームページに写真のないお寺がひとつありますが・・・ ）のみでなく、またこちらも回ると108ヶ寺になるとキャッチが巧い四国別格霊場二十番でも満足なさらずに、多くの奥の院・番外霊場を参拝されてはいかがでしょうか。がっかりすることもあると思いますが、そこで唱える般若心経こそ身に沁みます。<br />
<br />
　弘法大師が泊まられていて、衛門三郎が訪れていた時にはすでに旅立たれた後だったと云う衛門三郎伝説の「札始大師堂」の写真を最後に。m(_ _)m<br />
1Km戻ラナイト（大蓮寺089-963-2769）御朱印ガ頂ケナイ(T_T)<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/PA182257.JPG" width="480" height="360" border="0" align="" alt="札始大師堂" /><br />
</p><a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>はたフェス2011（写真）</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-10-10</link>
      <category>幡多</category>
      <pubDate>Mon, 10 Oct 2011 01:08:22 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-10-10</guid>  
      <description><![CDATA[はたフェス2011（写真）<br />
<br />
　写真だけ登録して記事を書くことを忘れていました。長くなりそうなので放りっぱなしだったと云うほうが本当ですが。m(_ _)m<br />
<br />
　もう二週間以上経ってしまいましたが四万十川は具同側河川敷で行われた、はたフェス2011（土佐の豊饒祭　四万十会場）。結構評判もよろしかったようで、一緒に昼食を摂った姉も翌日友人たちとの会話に入ることが出来たと、よかった良かった。京都・大阪のアーティストに触れた感激もあったようです。<br />
<br />
　もっとも私は自慢の望遠レンズ（35mm判600mm）を宿毛に忘れ、標準レンズ一本での撮影。少しさみしいものがありました。折角来たのだからと土佐清水市のクイズ大会には参加。職業柄日野原重明先生のお歳は知っているもので一回戦は勝ち抜きましたが、二回戦（土佐清水市の魚は）でサバかメジカと思いましたが一回戦がNoだったもので、Yesに参加。篩に掛けられました。オッと、写真だった。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/1.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="各市町村らの代表による開会式" /><br />
</p><br />
　SUNステージでは、予定の 9時を過ぎて開会式が始まりました。エッもう始まるの?!との声（テント内より）も耳に入ってきました。顔ぶれを見ても幡多の新世代と思います、頑張って下さい。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/2.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="切ったぞ、はじまるぞ!!" /><br />
</p><br />
　テープカットの代わりにはノコによる丸太切り。いやー、幡多っぽくて良かったですね。座り込むのはピッチ良く引いていたが節にあたり、ペースがた落ちのわが宿毛代表。観客の拍手で最後には切り落としました。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/3.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="ビーズを売っていました" /><br />
</p><br />
　気になったのは、このお店。売り物はビーズだったのですが、残念ビーズ好きだろう女子が東中筋中運動会とかで少ないようでした。良い天気だっただけにテントでは少し暑くなかったでしょうか。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/4.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="竹遊び屋　たけやん" /><br />
</p><br />
　早くからお客さんが来ていた。竹製おもちゃ・楽器のお店。やじろべえも有りますが、子供たちには音の出るものが興味を引くようでした。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/5.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="あなたへの言葉は" /><br />
</p><br />
　割と（ゴメン、m(_ _)m ）お客さんが来られていた<a href="http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=hamaji22" target="_blank"><font color="red">路上詩人はまじ</font></a>さん（アーティスト紹介とフリースタイル出店両方で紹介されていました）。「あなたを見てインスピレーションで言葉を書きます」と幟を立てていました。いやー、この方の前に座る方々が多いと云うことは文化度が高いと思いました。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/6.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="NOWALOHA? アロハルアナフラ？" /><br />
</p><br />
　このイベントを知って記事にした<a href="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-08-12" target="_blank"><font color="red">（はたフェス2011）</font></a>に私の体験から「フラダンスとある。オッ!!と「フラガール」を期待してはいけないかもしれない。」と書いた。期待通りのフラガールがいました。ところがルアナと楽しい仲間たちなのか、NOWALOHAと云う別のプログラムなのかが、今記事にしようとして、判らない。NOWALOHAがフラなのかも判らない。(^^;　まあ、ナウ・アロハと読める。MOONステージの最初に出たのだから、間違いないだろうと・・・。違ってたらゴメン。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/7.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="サラブレッドもポニーも参加" /><br />
</p><br />
　フェスにはお馬さんも参加していました。ポニー（ですよね・・・）もいましたが、中村以西の幡多出身者（ある年齢以上かな）には感涙の赤鉄橋が写っていたのでサラブレッドの写真を。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/8.jpg" width="360" height="480" border="0" align="" alt="観客たち" /><br />
</p><br />
　来場者がボツボツと増えはじめた頃、大勢だと写るように縦位置で撮影しました。その後も来場者が増え続け、縦位置にする必要はなくなりましたが・・・。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/9.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="SUNステージ遠景" /><br />
</p><br />
　赤鉄橋からは奥、駐車場からは近いSUNステージ。各市町村のブース（テント）がステージを取り囲んでいます。姉が会場に向かうと連絡がありテクテクと堤防を歩いていました。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/10.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="MOONステージ・フリーマーケット遠景" /><br />
</p><br />
　写真を撮った順番からは先のと逆ですが、SUN/MOONの関係で並べました。MOONステージとフリー・マーケットです。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/11.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="パロミータ四万十" /><br />
</p><br />
　大目真壱先生が尺八、いやケーナで「コンドルは飛んでいく」を演奏するとスピーチすると通りがかりの女性が「ウヮー、私、コンドルは飛んでいく大好き」と大声を出したのが記憶にあります。(^^;　でも、オカリナってあの素朴さが良いですね。今回はチョット音がひろい切れていなかったかな？m(_ _)m ゴメン、スタッフノ方<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/12.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="頑張れ!!高校生バンド" /><br />
</p><br />
　高知県立大方高校からSCREAMSだけでなくバンドが出ていました。かの竹中労先生（知らないだろうから、<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E4%B8%AD%E5%8A%B4" target="_blank"><font color="red">ここを</font></a>クリック）は、これからは女の子がロックを普通にやって、その後ママさんバレーのようにママさんロックをやって欲しいと云っておられました（それで写真はこちら m(_ _)m）。それが自由に結びついて行くと良いのですが。頑張れ、高校生バンド。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/13.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="高校生応援隊" /><br />
</p><br />
　いいなあ、わかいって。ともだちがもっとここにおおいとよかったね。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/14.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="群り星☆（むりぶし）" /><br />
</p><br />
　実は私、琉球フェスティバル（竹中労プロデュース）のフル～イ、レコードを持っています。あのリズムが、指笛が、ロック一辺倒だった（でもなかったか (^^; ）私をネーネーズのCDまで買わせてしまいました。まあ、海ぬチンボーラは置いといてお囃子がマタハーリヌチンダラカヌシャマヨの安里屋ユンタ（ATOK!!アサドヤで安里屋が出んぞ～、パチンコ屋のノリで）で盛り上げて欲しかった。<br />
（やっていたのなら他の会場へ行っていました。ゴメン　m(_ _ )m 兼機種依存文字）<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/15.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="宿毛の踊る姉妹" /><br />
</p><br />
　ブレイク・ダンス以降進行形のヒップホップも、歳の割に、嫌いじゃない。とにかく、オレ巧いでしょうワタシが良いよって態度が嫌味でなくアメリカン。ただ、ひとつのグループだけがステージに上る演出ってどうだろう。折角の機会だ、各市町村の代表が集まって勝ち抜き戦でもやる企画が有れば・・・。グループ対立のダンスがあれば見逃している。スマン。何せ、私宿毛生まれなもので、この子たちの写真を。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/16.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="村井まなさん" /><br />
</p><br />
　パンフレットを見た時から、この方の歌を聴きたいと思っていました。良かったですよ。でも、何故か山崎ハコをフッと思い出した。あの陰気なハコちゃんとは似ても似つかぬ陽気さなのに・・・。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/17.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="やはり太鼓の迫力" /><br />
</p><br />
　土佐中村一条太鼓も会場を盛り上げたと思う。太鼓によるリズムはヒトの原初的力を生み出すようだ。私もひと頃レコードで「日本の太鼓」一～五集まで買ったことがある。そのリズムと今あちらこちらで町興しに使われる太鼓集団のリズムはチョット違うのでないだろうか、まあ必然なのだろうけど（間違っていればスマン）。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/18.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="よさこいはロックだ!!" /><br />
</p><br />
　私のよさこいへの不満は一糸乱れぬ踊りへのこだわりである。一般的に揃っているってことは美徳であり、県外ではじめてそこに来ている高知の踊子隊を見て、揃っているので感激したと仰有る方が多い。 100人を越える踊子隊で上手も下手も同じで良いのかと疑問を持たないのだろうか？リオのカーニバルのように、一つの踊子隊を幾つかのパートに分けて、その中の一群が一糸乱れぬ踊り（あちらはほぼバラバラだが）であっても良い。上手に踊れる方には、その方のimprovisationが観客を楽しませると思っている。まあ、女房殿は高知県人があれだけ揃ってすることは珍しいから良いんじゃないと・・・。そうかもしれない。m(_ _)m<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/19.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="ボツボツ陽もかげりはじめ・・・" /><br />
</p><br />
　フッと気付くとよさこい踊子隊だけに陽が当たっている。時刻も 4時を過ぎた頃。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/20.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="この心地よさ" /><br />
</p><br />
　私も疲れたなと思っている頃、上手に木に持たれて休まれている方が・・・。プライバシーで如何かと考えたが、お顔が写ってなく決して恥ずかしい写真ではないと判断させて頂きました。この時刻までご苦労様です。m(_ _)m　削除依頼のコメントあれば従います。差し支えなければ、このままで。m(_ _)m<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/21.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="やはり、チベット仏教のあのお方" /><br />
</p><br />
　朝から描かれていた（パーフォマンスされていた）絵画が完成に近づいています。全景の写真とどちらか悩みましたが、仏教ファンと云うことでダライ・ラマ師を選択。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/22.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="夕暮れのAki-ra sunrise" /><br />
</p><br />
　オッ、笹が良い雰囲気じゃないかと写しながら調子を出そうとする非芸術家（私ね）によるアーティスト<a href="http://akirise.exblog.jp/" target="_blank"><font color="red">Aki-ra sunrise</font></a>の写真です。いろいろの楽器で楽しませてくれて良いなあと感激していました。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/23.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="Aki-ra sunriseさんとEricaさんのコラボ" /><br />
</p><br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/24.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="Erica's collaboration with Aki-ra sunrise" /><br />
</p><br />
　<a href="http://apsaras.tumblr.com/" target="_blank"><font color="red">Ericaさん</font></a>の踊りとAki-ra sunriseさんの音楽。音楽だけでも感激ものだったのに、この二人の世界は何って感じ。Ericaさんも吠えだしたのだからノリにのっていたと思います。あの叫びがimprovisationの世界だと思いますよ。よさこいの一部で良い、あのレベルに近づいて欲しい。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/25.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="キャンドルに灯がともり" /><br />
</p><br />
　この後も素晴らしいパーフォマンスが続くことは判っていたのですが、昔の三本立ての映画でも良いのを見たと思えば感動を残すために後のを見ずに劇場を出ていました。私にはAki-ra sunriseさんとEricaさんのコラボが充分その感動にあたりました。キャンドルに火が点き帰ることにしました。<br />
<br />
　関係者の皆様、ありがとうございました。ご苦労様でした。<br />
<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>白翁山歓喜光寺（曹洞宗）</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-27</link>
      <category>四国遍路</category>
      <pubDate>Tue, 27 Sep 2011 22:16:58 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-27</guid>  
      <description><![CDATA[<br />
<!--'道中各論--><br />
<font size="+1">道中（番外・施設など）</font><br />
<p aling="right">遍路は地元の方への無財七施の修行の心で m(_ _)m。<br />
<br />
<a href="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-03-25" target="_blank">本ブログの四国遍路にはじめての方へ</a><br />
</p><br />
<p align="center"><br />
<font size="+1">白翁山歓喜光寺（曹洞宗）：第39番延光寺←→第40番観自在寺間</font><br />
</p><br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231578.jpg" width="560" height="420" border="0" align="" alt="階段脇のお大師様（大師堂の横からは正面から拝める）" /><br />
</p><br />
<br />
<br />
 　僕の生まれは宿毛市である。伯母が篠山好きで時々行っていた。篠山は高知と愛媛の県境にあるが、江戸時代に宇和島藩と土佐藩の境界争いがあり、篠山神社・篠山観音寺（現在は観音寺跡）などは微妙に土佐藩のほうにあったのか、「宿毛市」となっている。<br />
 <br />
　現在は、寺山（延光寺）から橋上に出て松田川沿いに遡り楠山から篠山に登る道もあったり、国道56号線から正木に入り篠山に向かうことも容易である。でも江戸時代は松尾峠越えだけが遍路の道であり一本松町札掛から正木に向かったらしい。真念のガイドブック(^^;に出てくる「戸たてずの庄屋」は県境（江戸時代なら国境）の篠川沿いにあるから結構戻らなくてはならなかったことになる。<br />
 <br />
　その篠山観音寺の本尊が、正木の勧喜光寺にあると知って宿毛のものなのにと思っていた。今日勧喜光寺に行ってみて、このご本尊は愛媛のもの、正木のものだとつくづく思った。<br />
 <br />
　僕は「戸たてずの庄屋」って単にお遍路さんへの善根宿、夜遅くなってもいつでも休まれて良いですよ、のことだと思っていたのだ。現地に行ってみると「戸たてずの楠」として看板で説明されている篠山に関する逸話があった。<br />
 <br />
　土佐は廃仏毀釈の激しかった所だそうだ。もし、そのために篠山観音寺が破壊され勧喜光寺に移ったのなら、札所としての篠山は宿毛のものとは絶対に云えない。「戸たてずの庄屋」の話もあり正木のもので結構です。<br />
 <br />
　えっ、「戸たてずの庄屋」って何かって。真念さんも現地で聞けと書いていたので、松尾峠を通らず国道56号線を行かれるなら往復10Km位だけど現地の看板を見られては。<br />
 (^^;<br />
<br />
<p align="center">-----------------------------------------------------</p><br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231562.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="戸たてずの庄屋" /><br />
</p><br />
　歓喜光寺には県道からひとつ道を入って行く。狭い道なので車は県道に邪魔にならないように駐車する。すぐに「戸たてずの楠」の看板があり「戸たてずの庄屋」の意味が判る。建物は文化財として保存されている。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231566.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="歓喜光寺への入り口" /><br />
</p><br />
　戸たてずの庄屋の黒い建物が終わり白っぽい塀になると、その奥に歓喜光寺がある。山門の向かって右側に「曹洞宗」、左側に「白翁山歓喜光寺」とある。実はわが家は臨済宗であるが、本来曹洞宗である。しかし、お寺がなくなり現在の東福寺派の臨済宗にお願いしているらしい。なくなったお寺は宇須々木にあったとなっているが、家は旧く徳川家光の病気の際米を見舞いとして差し出し感謝状を貰っていた。だから江戸時代より前からあった可能性もある。そうなるとなくなった「曹洞宗」のお寺のひとつの可能性として歓喜光寺もあるかとフッと思う。実際正木と山北（篠川の対岸、土佐領）は密接な関係がある。古い古い過去帳があれば見てみたいものだ。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231571.jpg" width="360" height="480" border="0" align="" alt="篠山大権現の石柱" /><br />
</p><br />
　お寺にはいると正面に本堂、右手に庫裏がある。篠山関係は左側にあり、大きな石柱が並んでいるのが目にはいる。その右側「篠山大権現」とある。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231575.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="大師堂の中" /><br />
</p><br />
　石柱のさらに左側に大師堂がある。物置になっていたと書かれたものもあったが、新しくなっているのか内部も整然と祀られていた。もっともお寺に入ってすぐに大師堂に参拝した。中がどうなっているのか気になったので、この写真を撮ったが肝腎な大師堂外観の写真を撮り忘れた。m(_ _)m<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231595.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="弁天堂" /><br />
</p><br />
　大師堂の横に、お大師さんの像（一番上の写真）がある。そのさらに左側に弁天堂がある。篠山には天狗堂があったとのことで、それかと思ったが違った。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231581.jpg" width="360" height="480" border="0" align="" alt="趣のある階段" /><br />
</p><br />
　権現堂には階段で登って行く。里にあるお寺から少し離れる雰囲気がある。決して長すぎる階段ではなかった。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231593.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="権現堂" /><br />
</p><br />
　旧篠山観音堂の十一面観音は、この権現堂に納められている。権現堂は完全な神社建築であり、神式に祀られた格子の向こう、本殿に納められているようだ。神仏混合の篠山らしくって好感が持てる。土佐の廃仏毀釈から逃れ、因縁深い戸たてずの庄屋の基に戻ってきたのだろう。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231587.jpg" width="480" height="360" border="0" align="" alt="以前の権現堂の跡" /><br />
</p><br />
<p align="center"><br />
<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P9231582.jpg" width="360" height="480" border="0" align="" alt="灯籠には明治二十二年とある" /><br />
</p><br />
<br />
　権現堂は新しく、古い基礎がそのままあった。もっとも、この基礎も明治以降のものと思われる。本当に観音様は帰るべき所に帰ったと思います。いずれ篠山に帰ることがあっても、その時はまた行ってくるよって感じなのだろう。<br />
<br />
<p align="center"><br />
<a href="" target="_blank">第39番延光寺(未)</a>-----<a href="" target="_blank"><font size="+1">道　中（未）</font></a>-----<a href="" target="_blank">第40番観自在寺(未)</a><br />
</p><br />
<br />
P.S.<br />
　本記事は携帯電話から投稿しました。その際写真を加えてカテゴリーを変えるつもりでしたので、携帯投稿分を削除します。nice!をくれた方には申し訳ございません。m(_ _)m<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>基本的につなぎ遍路なのだが</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-19</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Mon, 19 Sep 2011 15:41:51 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-19</guid>  
      <description><![CDATA[基本的につなぎ遍路なのだが<br />
　私の遍路は「つなぎ」である。隔週に友人の病院に行っているので高知に戻らなくてはいけない。前回は本当に一日歩く距離が10Kmを越えなかったから、「区切り」遍路って言葉をもじって「みじん切り」遍路だなあと嘆いたものだ。女房殿は面白がって主人は「みじん切り」遍路をしていますなどと云っていた。<br />
<br />
　前回は曲がりなりにも順打ち（切幡寺から霊山寺まで、（霊山寺からつないで）井戸寺から焼山寺までは逆打ちになる）で歩いた。所が、今回野宿・テント迫もやってみると決心した。うまく出来るかどうか不安で、練習をかねて爪白キャンプ場（土佐清水市、月山神社行き）にテントを数日張ってバスでつなぐことにした。そうなると最初は金剛福寺からとなる。<br />
<br />
　野宿を考えるとチョット不安になったり臆病になる。5-6日歩けるはずなのだが、2-3日で帰ってしまった。そこが四国の歩き遍路の便利さ（いや、軟弱さなのだが）である。でも数日あるからと岩本寺から、いや清瀧寺から、最終的に大日寺（野市）からと結局昨年と同様になってしまった。さらに金剛福寺まで・岩本寺まで・清瀧寺までが残ってしまった。<br />
<br />
　ここの所、残った所を歩いてつないだ。今日は伊与喜から佐賀公園駅まで歩いた。岩本寺から歩き始めた時、伊与喜をすぎて膝が痛みだしたので大事をとって伊与喜駅まで戻り土佐くろしお鉄道で佐賀公園駅に行き、そこで予定の野宿を行った。はじめての東屋泊まりだったが、伊予の方がいらっしゃって、その方のやりかたを真似てうまく云った。翌日そのまま中村方面に歩きはじめたのだった。これで野市から金剛福寺の手前まで歩いた。折角金剛福寺からはじめたのだから、最後のお礼参りのためにそこは置いておこう。<br />
<br />
　まあ今までは野宿の練習と考えて、これから本番だ。（でも台風が来ている (^^; ）朝早く出発しようとすると非常にストレスになる。歳も歳だし、自分のペースを早くつかみたい。<br />
<br />
P.S.<br />
ゴアテックスが充分効果を出せなくなっているのでないかと思っていた。宿毛で雨の中クルマから荷物を下ろすとき雨具を着けなかった。びしょ濡れ!!まだまだ使える。今日はもっと激しい降りの中を歩いたんだ。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>なるほど、そう云うことか</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-18</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Sun, 18 Sep 2011 00:52:53 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-18</guid>  
      <description><![CDATA[なるほど、そう云うことか<br />
　携帯からメール投稿をしてみて、アレッと思ったことがある。先々月So-netからのお知らせで、PCメールと云うかE-mailと云うか、パソコンからのメールで投稿できる仕様にしたとあった。僕には??だった。どうせ webから新規作成に（知子の情報で書いて）張り付けるのだからとその意義が判らなかった。<br />
<br />
　メール投稿ってやつをしてみると、楽。ID&Passwordで管理ページに行くこともなく、その後で新規作成に行くこともなく、投稿後しばらくPCの前で待つこともなく記事が登録される（ブログに反映されるまでチョット時間がかかる）。<br />
<br />
　難点と云えば、MAILアドレスは幾つか使えても同じアドレス（一つ）で複数のマイカテゴリーに振り分けられないことだ。すべてのマイカテゴリーにメール投稿しようとすれば、カテゴリーと同じ数だけのMAILアドレスが必要ってこと。アドレスを申請すればできるが、僕にはチョット大袈裟かなと感じられる。そうなると持っているアドレスの数だけ頻度順にカテゴリーを登録って手だろうか。メールの添付ファイルで画像が送れても記事との位置関係もあり、メール投稿は文字だけのもの又は写真一枚（位置設定あり）だけのものがメール投稿の良い適応だろう。<br />
設定しようかな？ (^^;<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>喫茶店</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-17-1</link>
      <category>ケータイひとり言</category>
      <pubDate>Sat, 17 Sep 2011 10:06:17 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-17-1</guid>  
      <description><![CDATA[　お遍路中、営業していない喫茶店をよく見かけた。シャッター通りの田舎では別に驚くことはないかもしれない。でもコーヒーを飲んでゆっくり過ごせる喫茶店を探すとなると高知市内でも難しくなっている。食事を提供できるお店は残っているが、コーヒーを飲みながら話でもって雰囲気は少ない。美味しいコーヒーが飲めるからと商売になり難いのだろう。インスタントだけでなくコーヒー飲料も巷に溢れている。でも寂しい。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>ケータイひとり言を開始します</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-17</link>
      <category>お知らせ</category>
      <pubDate>Sat, 17 Sep 2011 09:31:12 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-17</guid>  
      <description><![CDATA[　しばらく、マイカテゴリーに「けーたいコラム」を作成し放置していました。記事投稿もせず消そうかなと思っていましたが、「ひとり言」用に置いておきます（使う気はあるのですが・・・ (^^; ）。<br />
<br />
　アクセスが容易になると発作的に何を書くか判らないので、nice!およびコメントを受け付けないようにしようかと思いましたが、やはり間違っているぞとのご指摘は必要と考えました。ケータイでwebを閲覧する習性がないものでお返事が遅くなると存じます。その節にはご寛容下さい。<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>らじる★らじる</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-03</link>
      <category>ひとり言</category>
      <pubDate>Sat, 03 Sep 2011 23:42:40 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-09-03</guid>  
      <description><![CDATA[<a href="http://www3.nhk.or.jp/netradio/index.html" target="_blank"><font color="red">らじる★らじる</font></a><br />
<br />
　団塊世代はラジオ好き。受験勉強など深夜放送を聞きながらの「ながら族」。でも建築物が進化して、ラジオ電波が建物内に届き難くなった。わが家は木造建築で置き方を工夫すれば受信できるし、お遍路中は小さなラジオをポケットに入れ楽しんでいた（NHK第一を主に聞くので国会中は質疑応答を楽しんだ）。<br />
<br />
　ラジオもIT時代になるとインターネットラジオを聞くことができるようになった。IEにもインターネットラジオが実装されて楽しめるが、私はオーディオ用アンプに繋いだTRANSGEAR APX-300という、家電と云うより試作品ぽい外観のDLNAクライアント兼インターネットラジオで楽しんでみたりした。JAZZや BLUESを外国から直接聞けるのに驚いたりしたものだ。でも次第に音質の点から NAS上のミュージック・サーバーを聴くことが多くなった（DLNAクライアント機能）。そうして、ご無沙汰となったインターネットラジオ、この 9月 1日から NHKラジオの第一・第二・ＦＭ放送が聴取できるようになっている。それが<a href="http://www3.nhk.or.jp/netradio/index.html" target="_blank"><font color="red">らじる★らじる</font></a>である。<br />
<br />
　日本でインターネットラジオが普及しなかったのは、音楽番組（ずばり「音楽」だが）をどうするかが著作権の問題で否定的に扱われていたからだろう。外国の音楽を楽しめても日本の音楽を聞くこと難しかった。でも少しだけだが第一放送を聞くと音楽も流れている。著作権の関係で別番組ってこともあったが、ほぼ通常の放送が可能なようだ。これってインターネットラジオが爆発的に普及するキッカケになるのではないだろうか？<br />
<br />
　TVで<b><font color="red">"記録的"</font></b>に面白くない<b><font color="red">"必見"</font></b>番組が、才能のない<b><font color="red">"あのタレント"</font></b>と呼ばれる人たちの無意味なお喋りに<b><font color="red">"爆笑"</font></b>テープと<b><font color="red">"拍手・感嘆"</font></b>テープを混じえて作られている間は（正直視聴者をバカにしているとしか思えない）、ラジオの復活の可能性もあると思っているのだ。もっとも、総理の発言からドジョウ・どじょうとしつこく何日も手を変え品を変え放映するのは作る側も○○としか思えない。<br />
(^^;<br />
　コンテンツとして WEB・映像の過剰な発達があったが、古いマスコミからの逆襲を正常脳に優しいラジオがリードするのは思考的にも望ましいと思われる。さらに読むことまで回帰すると望ましいが・・・、そこまでは。当面同じ情報の繰り返し（PCのツボ、あなたは洗脳されている・・・かもしれない）から抜けでるキッカケになればと期待したい。<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>デイ・キャンプ</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-08-21</link>
      <category>その他</category>
      <pubDate>Sun, 21 Aug 2011 08:17:58 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-08-21</guid>  
      <description><![CDATA[デイ・キャンプ<br />
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　先日、デイ・キャンプに行った。娘夫婦が高知に来てくれた際、キャンプ地を予約するから一緒にと連絡があったが、ロッジは満室でデイ・キャンプになったとのことだった。<br />
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　その数ヶ月前にテントは使えるかと聞いてきた。しかし私がキャンプしていたのは昭和60年頃だった。当時のキャンプ用品は残っているが、使える保証はない。テントも一度張ってみたいと思っていたが、とにかく重い(フレームとテントで40Kg、置いている場所も異なる)。試すこともなく放置していた。<br />
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　そのテントは、いわゆるロッジ型である。アウターテント（フライシートと呼ぶには立派）の半分ほどにグランドシート付きのインナーテントを張り、残り半分は土足で適当に使える。割と便利なのだが、重さと設営の面倒さから主流から外れていった。<br />
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<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P8141375.jpg" width="560" height="420" border="0" align="" alt="立ちあがったテント" /><br />
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　アウターテントの生地は木綿と化繊の混紡である。雨が降ると繊維が膨張し雨粒は落ちてこなくなり、適度の空気の交換がされている。雨の中でも何回か使用したが、インナーテントの中の結露は一度だけだった。当時のキャッチ・フレーズは呼吸するテントだった。メーカーはミズノである。<a href="http://pidi1969.naturum.ne.jp/e797515.html" target="_blank"><font color="red">ネットを見るとミズノ製ロッジ型テントの記事</font></a>（20年前のテントをチェック　その１　、キャンプに星を・・・：ピディ1969さん）がありペグは、まさしくこのページのものだった（もっとも捨ててはいないが見あたらず、今回はお遍路用のテントのペグを使用した。）<br />
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　テントは最近のドーム型ではなく、連結などは全く考慮されていない。金属ポールで家型にフレームを作り、アウターテントを被せて立ち上げる。テントを立ち上げて中の処理（フレームにテントからの紐をを結びつける・ペグ打ち）のために入ろうとしている写真だ。この時は日が当たっているが、しばらくして強い風と雨がテントサイトを襲った。<br />
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<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P8141373.jpg" width="560" height="420" border="0" align="" alt="はじめて張った「フライシート」" /><br />
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　夏のキャンプの大敵は強い日差しである（夜も含めると「暑さ」が正解(^^; ）。当時、フライシートを張ったグループも時々見受けられ、私も購入した。でも、焚き火好き（焚き火禁止の所が増えてキャンプをしなくなった）だから、真夏のキャンプを避けチョット寒いかなと思う頃キャンプをするようになり、フライシートを使うことはなかった。今回初めて使用したが、設営直後はのどかなものだった。<br />
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　強い雨・風が襲来したので、婿殿の段ボール燻煙はフライシート（今はタープと呼ばれ機能的にも外観的にも進んでいますが、これは金属ポール４本に農協シート!!英語的にはタープが正しいのだろう？）が雨を防いでいるので、バーベキューはテント内ですることになった。テントは綿が膨らんで防水と書いたが、急に強い雨が来たものだから、天井からボタボタと水滴が落ち、大きな雨粒だからパッパッと顔にかかる。正直私以外の全員が不安そう、いや不満そうかな？、だった。<br />
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<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P8141395.jpg" width="560" height="420" border="0" align="" alt="テント内でのバーベキュー" /><br />
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　テントサイトに到着した際、シンクが備え付けで隣にバーベキュー用の火場もあった。わざわざバーベキューコンロを持って来なくてもの雰囲気がチョットあったが、雨のおかげでポイントが上がった。v(^_^雨ニ感謝<br />
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　こちらがテント内バーベキュー。食材がプアであるが、炭の火力が充分でない（中心部だけ強い）のに焼きはじめ、焼きやすい肉が一段落したと思っていただこう。焼くのに時間がかかると、バーナーで熾した炭を追加した時に落ちたトウモロコシが一つ網の下にある。<br />
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　そのうちに天井からは雨は落ちて来なくなったが、テントとフレームが当たるところからポタポタと落ちるのは止まらなかった。まあ、スペース的には食事をするのに充分だった（デイ・キャンプでインナーテントはクルマの中）。<br />
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<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P8141397.jpg" width="560" height="420" border="0" align="" alt="青空の下でないのが残念ね" /><br />
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　食事が一段落して銀シートの上にひとり居る孫である。この銀シートも昭和のもの。(^^; すぐに裂ける状態（左上部の状態）になっていた。同じ頃の少し厚めの銀シートはお遍路テントのグランドシートとして不都合なく使っている。左上にバーベキューコンロの箱が見えるが、位置的にテントフレームの真下にあったので濡れている（その為この位置に移動した）。コンロはPEARL METAL CO.,LTDとあるので、ブランド名のキャプテンは現在のキャプテンスタッグである（名前からしてそうだが・・・。気になってネットを見るとキャプテンスタッグ・ブランドは1976年からと、購入したのはもっと後だが・・・？今もキャプテンと表示しているのだろうか？）。<br />
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<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P8141405.jpg" width="560" height="420" border="0" align="" alt="段ボールで燻製が出来た!!" /><br />
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　そうこうして四時間ほどたつと、婿殿の段ボール燻煙も一部（不十分のものがあり現在も燻煙中）立派に燻製が出来上がってきた。左上に半分写っているガス缶は炭の火熾しと燻煙用木材着火に活躍してくれた。お遍路用品として現役使用中のものだ。<br />
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<img src="http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_9f6/hatajin/P8141376.jpg" width="560" height="420" border="0" align="" alt="折角だから孫をご紹介" /><br />
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　わが孫だが、顔に目隠しとぼかしを入れて・・・。娘のブログでは目にハートマークが付くのだが・・・、インストールしているソフトを全て検討すればあるかもしれないが面倒でスマン。<br />
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　今回のデイ・キャンプ。家では暑苦しかったがお山で涼しく、風雨が強い時は寒さを覚えウィンドブレーカーが頭に浮かんだ程だった（テントの中はどうってことなかった）。私は古いながらテントは使えると確認できたし、婿殿は燻煙で納得の自作燻製を手に入れたし、焼肉好きの息子も野外バーベキュー（正確にはテント内）が気に入ったし、久々のキャンプで女房殿も楽しそうだった。孫が楽しんだかどうかは判らないが、娘は楽しんでいたので良かった。何が一番良かったかって？そりゃ、あんた。あの急に襲ってきた雨と風ですよ（テントを張った後だったので、楽しい思い出になった・・・と思う）。<br />
<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
          </item>
        <item>
      <title>はたフェス2011</title>
      <link>http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-08-12</link>
      <category>幡多</category>
      <pubDate>Fri, 12 Aug 2011 21:51:03 +0900</pubDate>
      <guid isPermaLink="false">http://hatajin.blog.so-net.ne.jp/2011-08-12</guid>  
      <description><![CDATA[はたフェス2011<br />
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日時：2011年9月24日（土）9:00～20:00<br />
場所：四万十市入田キャンプ場<br />
（雨天時：四万十市立安並運動公園）<br />
主催：はたフェス実行委員会<br />
後援：四万十市・宿毛市・土佐清水市・黒潮町・大月町・三原村・FM高知<br />
協賛：中村青年会議所（社）JCI・SOUL CREAM DANCE STUDIO ・海音・KHK（有）<br />
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　ネットで知り合って以前土佐清水市は足摺黒潮市場（土佐清水さかなセンター）にてお会いした方と数日間再び幡多へ行っていた。その方の馴染みのお宿二軒に宿泊したが、二軒ともへんろ宿として有名である。その一軒の女将さんが、九月二十四日は是非はたフェス2011へとパンフレットをくれた。はじめて幡多がひとつになるお祭りであるとのことだ。「みんなでつくる幡多の新しいお祭り」がテーマだ。<br />
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　はたフェス実行委員会は中村青年会議所内に事務局（TEL:0880-34-2632 FAX:0880-34-5026 E-mail: hatafes@gmail.com）を置き、各自治体（宿毛市がない）・商工会・青年会議所・観光協会・幡多広域観光協議会（社）・四万十川自然再生協議会・およびTravel Artsから構成されている。<br />
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　自然・祭・伝統・出会・音楽・学・物産・芸術・文化・食・踊・癒。これらが風船に英語とともに書かれてパンフレットに飛んでいる。詳細は裏面に書かれているが、www.hatafes.comの文字が一番上に（裏面では下に）書かれているのでhttp://の後に入力すると見られると思う。（この記事の終わりのほうからアクセス可能）<br />
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　幡多からは四万十市伝統芸能・ローカルライブ・スケーター・BMXも参加するが、京都・大阪の芸術家のパフォーマンスも数多く（マスコミ流に、嘘ではない範囲でチョット強調）参加する。<br />
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　協賛のSOUL CREAM DANCE STUDIO。幡多のストリートダンス・チームのようだ。キッズから一般まで総出演とある。幡多からはその他、バンド・スチールパンなどとともに、フラダンスとある。オッ!!と「フラガール」を期待してはいけないかもしれない。飽くまでもフラダンスなのだから。<br />
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　関西からのバスツアーもある。場所は四万十川、足摺岬も近い。片道だけツアーを使い、番外札所石見寺に参拝して、一・二回をへんろ宿（今その中の一軒に宿泊中）に泊まり、歩きで足摺岬金剛福寺を目指しても・・・。まあ今の自分がそうだからと強く勧めるわけではない。<br />
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　さて、このはたフェス2011。日没とともにMow Candleとしてキャンドル・アートが予定されている。午後八時までの会場で、最後のひと時幻想的な空間を楽しむ趣向のようだ。<br />
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------以上、お宿で書いた（不要だったが折角だから (^^;残ス　 ）--------<br />
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　自宅に帰ってwebで<a href="http://www.hatafes.com" target="_blank"><font color="red">はたフェス2011</font></a>を見てみるとちらし（上記パンフレット）がすぐ見えるようになっています（だから本当は上の文章は不要　m(_ _)m ）。詳細は「みえる　きける（アーティストしょうかい）」しか見られませんが、<a href="http://ameblo.jp/hatafes/" target="_blank"><font color="red">ブログ</font></a>も立ち上げています。<br />
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　前回宿毛の友人にあった際、（売りたいものがあるので）何らかのフェスが欲しいと云っていたのを思いだして土佐清水の帰りに宿毛によってパンフレットを渡そうとした。お互いの友人の弟が云っていたのは、このことかと興味は持って貰った。しかし、パンフレットはURLを覚えたので、そこを見てみると・・・。折角持っていったのに・・・、でも渡してもWEBにあるから同じか・・・。<br />
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<a name="more"></a>]]></description>
      <author>依光次郎</author>
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      </channel>
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