So-net無料ブログ作成
検索選択
気まぐれに病気のこと ブログトップ
前の10件 | -

ニンニク注射 [気まぐれに病気のこと]

ニンニク注射

 保険外診療として、ニンニク注射の評価が高い。"にんにく注射"と検索をかけると主に都市部の医療機関で、「お安くしています」・「都下で一番安いです」とかお値段のことを書いている。保険診療では「お安く」できない(保険点数が決まっている)ので、保険外診療・自由診療なのだ。だから NHKでニンニクの効用を放映した際、アナウンサーの方が「これでニンニク注射の効果が証明されたわけですね」とニンマリとのたまわった際、多少カチンときた。私は一応(まあ一応ですが・・・)保険診療の枠内で臨床をやってきた。病院も経営が苦しいが、患者さんからみて病院受診の垣根が低いことは決して悪いことではない、ただ低すぎることが問題だと思ってきた。垣根が低いとは国民皆保険の賜物だと思っている。 NHKだろう、国民皆保険について多少理解しての発言かと(民間医療保険を勧めたいなら違ってくるが・・・)。

 で、このニンニク注射。ビタミンB1の吸収増加、作用維持効果があると理解していた。だから、私が医者になった頃は随分と一般的に行われていた(私は現在使用しないが、効果を否定するものではない、自分でビタミン剤を購入しスポーツドリンクも飲めば日にち単位では同じかと・・・アッ、点滴すればすぐに良くなった気はするようです)。筋肉労働で疲労が強いと「先生、注射」と来られる患者さんは少なくなかった。大学の医師はビタミン不足は激減していると考えて積極的に使用しなかったから、診療所に行った際など事務の方から断らずにやってあげて下さいと云われたものだ。でも、この「ビタミン不足は激減」という考え方から、保険診療でビタミン剤を使用することが非常に困難になった時期がある。民間病院で勤めていた際、婦長(今なら師長)から「先生、看護婦にも歳をとった者がいる。色が付いていない点滴の残量が判りにくいと云っている。色を付けてあげてくれませんか。」と相談された。総合ビタミン剤などを入れると色が付く。その手が使えなくなったわけだ。

 インターネットが普及しはじめた頃、旧厚生省のサイトにビックリする記事が載っていた。重症のつわりの患者さんにビタミンB1 を(保険適応が非常に厳しいので)投与できずにいたら、ウェルニッケ脳症を発症したという内容だった。1例報告でなく、3例だったか、6例だったか複数例だった。(@_@; 旧厚生省がダメと云って使いにくいのに・・・と。数日でその記事は見えなくなったのでまずいと思ったのだろう。そんなことなどもあったからだろうか、以前に比べるとビタミン剤の使用は「病的」と考えられる際には使いやすくなった。アルコール多飲者・長い食欲不振者などには結構潜在的なビタミン不足の方はいる。

 それでも20-30年前のように注射してと云われて、ビタミン剤投与をすることは(病院では)まずなくなった。そのような経過があるから、ニンニク注射が大きく取り上げられるようになると保険適応外だろう、医師の堕落でないかと私は反感を持った。医師のサイトでは、本心から医師が述べるのか、アジるために医師以外の方が声高に云うのか、自由診療を!!との意見もある。問題はここなのだ。何でニンニク注射をするのかと問えば、「ビル診などしていると、家賃が高く現在の保険制度では赤字になってしまう」とのことだった。エッ、そうであれば保険診療を守ろうとして全額を抑えていること、そのことが保険診療から離脱せざるを得ない医師が増えるってことになるのだが・・・。厚労省も単に抑制抑制ではダメだと判って欲しいなあ。


こいつは不幸だ、日本の医療(4) [気まぐれに病気のこと]

こいつは不幸だ、日本の医療(4)

 前回の続きとして、過度の期待を医療に持ち込まないことだと結論づけて終わるつもりだった。煩悩と云っては身も蓋もないが、欲望が大きいと満足が得られない。かっては医者にかかるだけで有難かったが、今は当然のように医院・診療所・病院を訪れることができる。そのような医療制度下で全く普通のことの幸せが、より普通でないことを望めば不幸になると思うって筋書きだった。また、その健康に対する欲望をパンパンに膨らませたのはマスコミと思うが・・・。

 現在のマスコミ論評などからもっともっと内容を高度に、サービスも良くして!!と正しく聞こえる医療批判がある。それらの底には現在の医療保険制度から新たなアメリカ的保険制度への移行を目論んでいると、私には思われる。でもそれらを証明することも、普通の方々に納得いただけるように反論することも私には書けない。

 一方、私は全く無料で医療が受けられて当然とは思っていない。医療従事者(医者だけでないよ、もっとも人数の多い看護師さん、技師さん、事務方などなど)は多く、他業種と同等に近い利益(ってことは収入なのだが・・・)が得られても問題はないはずだ。でも医療従事者は増やしても、保険制度枠で収入が増えないので、実質減少している。国立病院・地方公立病院からはじまった赤字問題も、一般病院にまで広がっている現状だ。頑張って利益を上げている病院もあり、そうすれば良いとの意見もあるが、保険制度枠では厳しい。

 そこで一昨日 NHKラジオで取り上げられていた、"ドラッグ・ラグ"問題を私の視点から書いてみたい。いや、解説者の言葉を使ってどうだろうと書くだけだが・・・。クルマの運転中で熱心に聞いていたわけではないので、ラジオからかけ離れた内容になるかもしれない。とにかく、"命が全てだ"ですむ問題ではないと考えられて妥協点をどこのするかの問題と理解していただければ幸いだ。そこで日本の医療保険制度の満足度を(今では15%とされているが・・・)上げるにはどうすれば良いか、どう考えれば良いかが見えてくるのではないかと思う。

 まず、命が大事だってことが強調される。勿論反対意見を述べる必要はない。でも"命がすべてだ"となると本当だろうか?かって血液透析療法が保険適応でなく社会保障も充分でない頃、お金の切れ目が命の切れ目って時があった。戸主が病気になって田畑を売り払い家族が難渋し家庭崩壊した例もある。ここでドラッグ・ラグで解説者の云った言葉を引用したい。彼は「外国企業が日本で積極的に売り込まないのは、日本ではクスリの値段が安いからである」と述べた。私だって、命を値段で決めたくはない。しかし、それが現実である(そういえば、患者さんと同様(逆なのだが・・・)医療スタッフもあまりに安い(給与的に (^^; )医療制度に不満がある)。

 日本でクスリが安いってことは、保険が認めないと使えないから、薬価を決める時点で製薬会社と厚労省との相談となる。そこで値段が叩かれるのだろう。患者さんにとって、安全に(ラジオではこちらが強調されていた)安く医療が提供できる方法のひとつとしてメリットのはずなのだ。問題は"ラグ"と云われる時間差に患者さんが納得できないことである。実はお金が充分にあれば、外国で医療を受けるとドラッグ・ラグは発生しない。非常に高額になるがアメリカに行けば良いのである。敢えてこのように書くのは、さもお困りでしょうと云いながら云っている本人たちは、結構日本にこだわっていないグローバル経済推進派の方が多いのでないかと思うからだ。でも、一般の患者さんご自身には、今が問題だから深刻である。

 抗ガン剤のため(だけでなかったかもしれないが)に導入された特定療養費だったが、そのような「高額」医療費は一時的に私費診療でも止むを得ないと思う。ドラッグ・ラグも最小限で、治験的なものと考えれば良い。保険のほうから云えば、患者さんにコスト的負担がかからない通常の治験と私費診療を認めるかわりに住所・氏名は出さないが病気に係わる一切のデータを提供して貰う特定療養費型治験の二本立てとすると考えてはどうだろうか?一定期間(と云うか評価が可能になる一定の症例数が揃う迄)の後には、有効であれば保険診療に採用することが前提だ。できれば通常治験と特定療養費型治験の開始時期は同時が好ましいが、多少特定療養費型治験を先行しても許されるのでないだろうか?
 
 さて、高額医療も保険で診るようになると、更に現在の医療費不足に拍車をかけることは目に見えている。現状でもそうなのだが、お国が不足分を補うことに私は抵抗がない。(^^;保険と税金の割合をどうするか、いずれにしても国民に跳ね返ることだから、そのコスト意識を皆に持って貰いたいと思う。このコスト意識がないから現在の医療保険制度下の医療で満足できないのだろう。コスト意識があれば、現在の医療の満足度は高くなって当然と私は思っている。いつものように書くと、安いけど良いんだよってこと。やっている当事者だから安かろう悪かろうと書くけど、内容は悪くないって (^^; 。コスト意識があると無益な受診も減ると思うけど・・・。

 マスコミは、サプリを売るためか保険制度をアメリカ的にするためか、不安を煽ることに一生懸命である。そのまま信用して、オピニオン・リーダー(自覚していないアナウンサーも私からみるとそうなんです。自覚してね)に従って痛い目に遭わないためにいろいろの見方をして考えましょう。


こいつは不幸だ、日本の医療(3) [気まぐれに病気のこと]

こいつは不幸だ、日本の医療(3)

 前回保険外診療をnaishoとして、悪いことをしたと思わないと書いた。現在の医療従事者からみるとトンでもないことに思われるだろうが、根拠はある。かって武見太郎氏が医師会会長だった頃、当時の厚生省と相談して保険外であっても文献的根拠があれば、認めるという次官通達があった。m(_ _)m念ノタメ

 高度成長期・バブルと成長を遂げた日本経済もパンク。総中流社会と云われた平等性も崩れた。医療だけは進歩のために更に高度に高額になっていった。まず国保の赤字が増加し、それを補えと各保険団体が赤字経営になった。これは当初のように健康保険組合の構成年齢が若いから病院にかからない、その分出費が少なく黒字だから赤字を埋めろで赤字が大きくなっただけではない。患者さんと医療側のニーズが高くなり、医療の高額化と医療のコンビニ化が進行したためと思うべきだ。

 正直、受診患者数が増加したから、医療費が高騰した訳ではないとなっている。大きな手術などの治療費が莫大な金額となり、そのことが医療費高騰の主な原因とされている(そういう意味ではコンビニ化が絶対悪いとは云えないかもしれないが、云わして貰うと「医療資源の浪費」である)。莫大な医療費を要する治療をどう扱うか、厚労省の悩みであってかなり前から一部私費診療の導入で対応している。

 厚労省の戦略のひとつが、ジェネリック薬剤の導入であるが、効果のほうはどうだろう?上記のように高額医療の問題が主となれば、期待するほどの医療費減少は得られないのかもしれない。でも、有用性が高く廉価な薬剤が患者さんの手許に届くのなら良いだろうが、未だに「有用性」の保証が薬剤師会からも公表されていないようだが・・・(アメリカの薬剤師さんと違うか・・・)。また、致命的な欠陥と思われることをひとつ。医師の処方がメーカー品の場合、(絶対ダメとされてなければ)薬剤師さんがジェネリックに変更することはできる。医師がジェネリックを処方した際、より高価だが自分に効くと患者さんが希望してもメーカー品が使えない。これって制度的には欺瞞以外の何者でもなく、それだけ医療費を安くしたいだけと見え見えである。

 保険診療への一部私費診療の導入に戻るが、これはこういうことである。昨日先輩医師から「保険適応がないからとクスリを使わずに、患者さんを死なせてはならない」と云われた話をしたが、この問題は新薬・新治療法が開発される限り続く。当時外国で使われていた抗ガン剤が日本で使用できないのでマスコミの後押しもあり、特定療養費が導入されたと記憶する。現在の保険制度についてはマスコミは不備を指摘するだけでなく、何回も内容を報道すべきと考える。

 例えば混合診療の禁止というものがあって、保険適応外の診療をすると、その患者さんについての保険診療報酬がその月に請求できない。言葉を変えると、保険外診療を行い患者さんからその費用を貰う(私費診療)とその月の保険診療費が払われない。だから病院は一切を私費診療とする、または保険外診療は(保険上)なかったことにして病院が負担し、それ以外は通常の保険診療で請求するしかなかった。普通、後者の方法が選択された。でも、病院の赤字が大きくなるに従って、また高度先進医療が高額になって、「保険適応がないため、患者さんを死なせてはならない」と云っても病院は大きな犠牲を払うことができなくなった。そういう点では私費診療導入も止むなしとせざるを得ないかもしれないが・・・。(続く)

P.S.
 書きはじめと違った展開になっているが明日あたりから好きに書けるかな (^^;


こいつは不幸だ、日本の医療(2) [気まぐれに病気のこと]

こいつは不幸だ、日本の医療(2)


 時代と医療と外食を一緒に話しているが、これらは同じ経過をとったと思われる。時代という横軸の上で、食という必須(衣食住)な事柄と、医療というその基盤に成り立つ事柄が縦軸にあると考えて貰っても良いだろう。

 昭和36年の国民皆保険開始の頃、本当は少し前だろうが、デパートの食堂や町で大きなレストランが一般化していた。病院も町に大きな建物が建ちはじめて、デパートと同じくなんでもやっている総合病院が徐々に増加、地方にも市立病院・町立病院ができるようになった。まあ、本当のことは私が医者になる前だから違うかもしれないが、イメージとしては間違っていないだろう。

 この頃の総合病院とは、以前の医者にかかることができれば有難かった時代を引きずっていた。正直、医学書の中身も今とは全く違う。専門的と云っても診断法・治療法ともさほど深くなく、むしろ診療技術の進歩普及の時代とも云えるだろう。

 時代が豊かになり、デパートの食堂やレストランのメニューも豊富になり、医療は開業医の先生方が主に診療され患者さんの病態・重篤度により総合病院に紹介された。医療のほうも豊かさと一緒に、総合病院ではnaisho(内緒・・・昨日使ったので今日も。一般的な医療用語ではありません)ができた。Naishoとは、保険診療外の医療である。開業医の先生方の多くは、保険診療範囲内という制限のために、それ以上の(主に)治療法のために総合病院を紹介される場合もあった。

 Naishoと云いながら、保険診療の枠外だからと、悪いことをしていたとは全く思っていない。時代は医療にかけるお金にも余裕があって、常識外の場合は保険のチェックがあったかもしれないが、多くの診療はその後保険適応になっていった。例えば、(医学的に今はどうなのだろう?)キシロカインと云うクスリは局所麻酔剤としてのみ保険適応があり、心筋梗塞時の心室性期外収縮には未適応だった。大学に入局した頃、先生は「保険適応がないとクスリを使わずに患者さんを死なせてはならない」と指導してくれた。未適応だったループス腎炎の血漿交換を行った際、保険の判断は材料費はみましょう、でも手技料はゼロですよって粋な計らいだった。前者の場合は安いが、後者は高額になってしまう。今は保険の査定で金額によらず概ね認められないだろうし、医療側が損を承知で高額な保険未適応な治療(数日後に再出予定)を行う体力もなくなっている。医療従事者にとってのバブルとは文献に書いてある治療法が直ちに行うことが出来たってことだけ(自分に得しなかった)と納得している。

 はじめの頃は患者さんが病院を訪れる状態は一般的に遅めだった。救急の現場で看護師さんが「もっと早く病院に来なければ」と云う言葉をよく言っていた。しかし、病院診療が普及するにつれて垣根が低くなってそれらの言葉を聞くことは減ってきた。徐々に、しかし確実に、患者さんは増加してきた。デパートの食堂やなんでもやっているレストランよりフレンチ・イタリアン・中華(こちらは早くから専門が多かった)の専門店が増加し、病院も専門化が進んでいった。でも概ね患者さんは医療に、まだ、満足されていた。

 ところが治療法が高度になってくると、それにかかる医療費の高騰しはじめた。大きな手術や重症な場合、都市部では月一千万円以上になるらしいと聞こえてきた。この頃から保険の査定も厳しくなり、医者の常識でない査定が突然バシィとされるようになった。文献を読む勉強より、クスリの添付文書(保険適応が明記されている)を読むほうが大事だとなった。こうなると面白くない。また新しいタイプのクスリが発売されると、それらは従来のクスリとはかけ離れた薬価(お値段)だった。

 こうなると当然のこととして、医療費がみるみる不足気味となって、従来の保険診療では病院経営も苦しくなってきた。まあ、「従来の保険診療」の問題なのか「従来の病院経営・診療体制」の問題なのかと云う議論はある。でも保険診療の枠内を守る限り苦しくなってきたのだろうが実感である。この保険診療の枠内って問題が、医療従事者と一般の方々とで認識があまりにも違いすぎると思いますが、今日はここまで(明日同じことが続くとは限らない m(_ _)m )。


こいつは不幸だ、日本の医療(1) [気まぐれに病気のこと]

こいつは不幸だ、日本の医療(1)


 先日、日本の医療満足度が世界先進国の中で最低、15%の人しか満足していないと報道された。例えばGoogleで、"医療満足度"と"15%"を入力して検索をかけて欲しい。ズラーっと、その題目にお目にかかれるだろう。まあ、【ワシントン共同】として同じニュースだからひとつ読めば結構で、あればブログ・ツィッター・ 2chでも(というかそちらのほうで)読んで欲しいものだ。

 はっきり云って日本の医療制度が判らない(もしくは判っていて商業的利益から意図的に破壊しようとする)マスコミに、視聴者が騙されているとしか思えない。マスコミの中にも本当の良心から書いているだろうなと思うものもあるから困るのだが・・・。

 そりゃ、私も公的病院の勤務医だった。保険診療の枠が邪魔で仕方なかった(今じゃ通用しないけど、公的病院だから保険診療から多少はみ出しても仕方ないかってことで務めることができたとも云える (^^;naisho )。でも長い目で見ると、確実な診療法の大部分は(全てでないことが問題のひとつだろうけど)保険適応になり、一時流行っていても保険適応にならず消えて問題ないものもある。それなりに意味があると思っている。

 私は、今の保険診療を「安かろう悪かろう」と一貫して書いていた。反って判らなくなるかもしれないが、こういうことだ。昔々、日本国民は腹が減っていた。食堂の中には質より量、誰でもお金を払えば何かを食べさせてくれるお店で、まずくなければ満足できた。医療もそうだ、医者にかかることができれば有難かった時代があった。それでは医者にかかれない人が困るってことで、国民皆保険になった。まあ、食堂で云えばデパートへ行ったり、地方の名物のいくつかがお江戸時代から新たに全国的に有名になって旅行先で買って帰ろうとの習慣ができた頃だろう(情報が豊富な今とは違うよ)。正直、今の医療保険制度は丁度この頃できた。だから古くさいと云われると、ウンそうですねと云わざるを得ない。でもホンの十年前は世界でもっとも優秀な保険制度と云われ国民も概ね満足していた。

 保険制度は、大きな転換点を迎えているが、概ね変わっていない。でも、確かに医療への満足度が急速に低下している。現場でも患者さんのニーズが急膨張し、患者さんは不安で、病気にどう対応すれば良いかが判らなくなっている。結局(多くの医者はこうなるのはまだ先と思っていたが)、アメリカ追従まっしぐらでサプリメント業界が万々歳の世の中となった。このコマーシャリズムを見ると医療を破壊したのはマスコミだと指摘してもおかしくないだろう。例えば、医療問題を本当に前向きに考えたいとマスコミが追求したのであれば、あれだけ急速な医療崩壊(確かに時間の問題だった)が進んだろうか。医療は患者と医師の信頼関係(当面の話として、スマン、スタッフの方々)の上に成り立つと、医師は習っていて(多くの開業医は)そうだと理解している。その信頼関係を壊す報道ばかりしたのが、ここ数年のマスコミでなかったか?

 私には医療保険制度の答えはない。でも、こうならこうかな、そうならそうなるだろうとは書ける。とにかく、満足度があまりにも低いのでは日本医療の将来が不安だ。とりあえず、2chとかここでも読んで・・・。

 あのねGoogleなどでパッと見て自分が理解すると百聞は一見にしかずの逆で、判った気持ちになって真実が隠されることがある。マスコミなんかは、この生理学的な事実をよく知っているからあまりすぐに信じ込むことは危険ですよ。私のものを読んでいると、違うとかおかしいとか思えますよね。それだけの脳の余力を持って判断しなくては。ニュースばかり読んでいると欺されますよ。

 この段落妄想だが(^^;、例えば【ワシントン共同】で、オッ出所はアメリカかと読んで、どこの機関の発表かと読む。日米中など先進、新興22カ国を対象にした医療制度に関する満足度調査と書かれているだけで、どこの機関とは書いていない。この時点でオバマの医療保険改革で(かなり骨抜きにしたが)利益が減るかもしれない業界が、手頃なデータで発表した日本向けのコメント(郵政の次は医療だ!!がアメリカの戦略とは云われる、本当かどうかは知らない)かもしれないと考えなくては。それをパッとだす、マスコミも大丈夫?

P.S.
 ラジオとか CD/レコードなら同じ曲を何回も聴けるよね。DVD/ビデオでは、どう?一回見ると二回目はしんどいよね。脳はそれだけ情報処理量に差があるの。見ることだけでは誤ることが多い。百聞は一見にしかずは本当だろうが、見えていることを信じちゃダメ(逆にほとんど見えていないことも理解しなくては、君のディスプレイの左上に何かマークある?あるかないか知らないけど、ディスプレイを何回も見ていても見えていないでしょう?)。


納得 [気まぐれに病気のこと]

納得


 New Engl J Medと云う医学雑誌がある。医学文献を翻訳する方々には、この雑誌が練習にもってこいであるとされているようだ。総合医学雑誌であり、専門的な学会誌・医学雑誌に比べるとチョット遅れ気味になるともされるが、内容の信頼性は高い。オリジナル研究の原著もさることながら、綜説(総説)としてまとめられたものも引用文献が多く勉強になる。比較的新しい2009年 3月 5日号(第360巻10号)の綜説は薬物療法:喘息であった。

 そのなかでロイコトリエン拮抗薬の項に、非常に稀な副作用であるアレルギー性肉芽腫性血管炎(Churg-Strauss症候群 )が詳しくではないが取り上げられていた。副作用報告がされはじめた初期の考察から、副腎皮質ステロイドホルモン療法によって喘息病状が改善し、ステロイド減量にて隠されていた原疾患(血管炎)が現れたりする可能性が通説になっているが、そうでないとする意見もあると紹介されていた。

 私はロイコトリエン拮抗薬を服用して両足が痺れはじめたのが、病気の始まりだった。そしてステロイド剤を使用していなかったので、納得できない説明だった。でも、上の文献に引用されたそうでないとする意見の文献を見てみるとfree full textとなっている。(^_^)タダで読める

 Churg-Strauss syndrome and leukotriene antagonist use: a respiratory perspectiveが、その文献である。稀な副作用であり自験例からの報告ではないが、喘息コントロールにステロイド剤を服用していなかった群、服用していたが用量に変化なかった群、服用していて用量を変化させた群に分けて検討。結論として「Currently available evidence suggests an association between LTA and CSS that may be causal.」としている。まあ「 may」を「 suggest」であり、実際この文献からLTA (ロイコトリエン拮抗薬)がCSS (Churg-Strauss症候群 )の原因であるとすることはできない。

 (マスクされていたと云うより)喘息症状が主だった原疾患がロイコトリエン拮抗薬で明らかになった可能性は依然残るが、副作用かどうか今後の研究によるだろう(例数が少ないから、しかるべきところが積極的に症例を集めないと判らないだろうな)。でも副腎皮質ステロイドホルモン剤を中止することによって、マスクされていた原疾患が明らかになったりする説は否定されたと思う。やっと納得である。

  CSSで云われるANCA陽性例と陰性例の障害臓器が LTA関連 CSSでは顕著でないとされていたのは興味深いですね。>同業者へ・・・今回は医家向けかな?


単細胞(^^;として気になる記事(糖尿病) [気まぐれに病気のこと]

単細胞(^^;として気になる記事(糖尿病)


 糖尿病を定義しろと云われても困るが、「インスリンの絶対的または相対的不足に基づく、高血糖による病気」でいかがだろうか。そこでインスリンが充分量あれば血糖値は下がるだろうが、それが糖尿病の根本治療になるのだろうか?先日、自戒を込めて単細胞云々の記事を書いたが、記事を書くほうも単細胞化しているのでないかと・・・。m(_ _)mアル意味、誤報ダヨ

 共同通信社から各社に配信されm3.comニュースでお目にかかった記事だが、下記にリンク。

血糖下げる細胞の源を発見 九大、糖尿病根本治療に道

(原文より任意に抜粋)
 血糖値を下げるインスリンを膵臓内で分泌する「ベータ細胞」の源となる細胞を、九州大大学院医学研究院の稲田明理特任准教授らのグループがマウスで突き止め、糖尿病の新たな治療法に道を開く発見と注目されている。

 糖尿病では、ベータ細胞が減少してインスリン分泌が減り、血糖値を調節できなくなる。このため、ベータ細胞を再生できれば根本的な治療になると考えられている。

 ベータ細胞の供給源を探っていた同グループは、膵液を運ぶ膵管の細胞に着目。マウスを使い、遺伝子操作で膵管細胞に印を付けて追跡し、この細胞の一部がベータ細胞へ分化したことを確認した。

 稲田特任准教授は「人体でも膵管細胞を刺激してベータ細胞の増加を促すことができれば、新たな治療法につながる可能性がある。今後はベータ細胞に分化する仕組みの研究が期待される」と話している。

 正直に、ヘェーッ、外分泌細胞と内分泌細胞は関係するの?と思った。成人では文字通り身体の内と外の違いがある。まあ、そこらは発生の専門家でもないし、造化の妙でいろいろあるのだろう。不勉強で知らないが腺細胞は元来すべて上皮由来で良い気もする・・・。少なくとも内分泌細胞といえど血流は豊富だが、血管内皮に覆われた腔の中にあるものではない。(後でインターネットで調べよう (^^; ・・・やはり wikipedia「腺細胞」では「一般に上皮に由来する」と書かれていた(外分泌腺のことだけではないよね・・・)。この段落消去しようかな・・・。正直に(^^;置いておく。)

 稲田特任准教授(準教授しか出ないよ >ATOK)は「新たな治療法につながる可能性」と仰有っていても、根本的治療云々には触れられていないのでないかと考える。九大の先生のどなたかが根本的治療云々と云ったのなら記者さんに罪はないが、そうでなければベータ細胞が再生できても根本治療にはならず、単細胞動物的見解でないかと・・・。m(_ _)m

 現在増加している糖尿病は2型糖尿病であり、相対的インスリン不足によるものだ。相対的とは、インスリンの絶対量とともにインスリン感受性が問題であり、インスリン量が増加しても感受性がさらに低下すれば、同じ病態であるってことになる。もともとベータ細胞は日本では通常の働きを何世紀も問題なく行ってきた。明治の頃は糖尿病患者さんは数千人に数人だ。食糧の過剰摂取によって、例えば細胞膜のインスリンによって働く糖輸送担体が細胞内から発現しなくなり、インスリンの働く場所が減少している可能性もある。インスリン自身によって細胞膜での糖輸送担体は増えるので、一時的に改善する可能性は否定しない。それでもベータ細胞再生が実用化されても、薬品としてインスリンが登場したと同じ状況になるだけだろう(インスリン注に較べ、ベータ細胞なら自動調節もあるだろうし、患者さんのクオリティ・オブ・ライフの改善などには大いに期待できるが・・・)。インスリン感受性の改善がなければ2型糖尿病の根本解決にならない。

 食事療法と運動療法の価値(2型糖尿病にて重要、1型糖尿病で無視すると悲惨)を、クスリへの幻想で放棄してはいけない。僕が退職する前の文献では、インスリンは内皮細胞のサイトカインに影響して動脈硬化を促進する可能性も指摘されていたと記憶する(詳細は忘れたm(_ _)m 当方阿呆ナタメ、ゴメン)。インスリン様々ではない。

 一言で云えばもともとあったベータ細胞を酷使する人(2型糖尿病でHbA1c 10以上)は食事療法を守らず、糖尿病は続き、ベータ細胞が再生されても更に短命になる可能性もあると僕は思う。不明な領域だが、細胞内に過剰な糖が入って不都合が生じるかもしれないでないか。また、インスリンがでると空腹感が強くなる。普段からあまり食べない方は、インスリン量も少ないのか、あの人は腹が減らないのだろうかと思うほど昼食抜きで頑張れますが、僕はダメ(低血糖症状を出してしまう)。ついつい食べてしまうのです。

 糖尿病治療に有益な研究だとは思いますが、誰が根本的な治療になると考えたのだろう・・・?1型の場合でも、免疫が関係していないとは云えないし・・・どうだろう(2型よりは期待できる?記事は1型2型と書いていない)。もし、取材による見解でなければ、お勉強を。
m(_ _)m他ノ方ノ見解ナラ臨床家ノ見解モ尋ネテ下サイ 当方糖尿病学会未加入


P.S.
 今日のHbA1c 8.1%(主治医と相談して、ステロイド量を減さずに、朝夕投与から朝一回に。低血糖なければアマリールを継続)。今日は内科・皮膚科・整形外科・歯科を受診。ほぼ一日潰れた・・・。


それはそうだろう、メタボ健診 [気まぐれに病気のこと]

それはそうだろう、メタボ健診


 物事を一面から見ると正しいことも、見方を変えると別の見方が正しいと判明することもある。ジャーナリズムとは問題を提起するだけでよいのだろうか?メタボ健診と呼ばれるものが本当に必要かどうかは僕も疑問に思うが(^^;ソウナラ書クナヨ、内科医としてはその意義を全く否定する気にはなれない。まず意義を否定するような記事をご紹介し、反論を。

メタボ健診:健康は肥満対策より禁煙、節酒 厚労省研究班、疑問投げかけ

(ほぼ原文)

 がんや循環器疾患(心筋梗塞など)を起こさないで今後の10年間を生きる可能性が最も高いのは、「禁煙、月 1~ 3回の飲酒、 BMI(体格指数)25~27」の人であることが、厚生労働省研究班による約 9万6000人の調査結果に基づく推計で判明した。禁煙や節酒の取り組みは生存率を向上させるが、 BMIだけ下げても変化はなかった。【永山悦子】

 主任研究者の津金昌一郎・国立がんセンターがん予防・検診研究センター予防研究部長は「がん、循環器疾患を減らすには、肥満対策より、まず禁煙、節酒を推進することが重要。国民全体の健康対策として取り組む場合、肥満中心の手法は適切ではない可能性がある」と、肥満改善を重視する現在の特定健診(メタボ健診)に疑問を投げかけた。米医学誌電子版に発表した。

 調査は、全国8県に住む40~69歳の約 9万6000人が対象。生活習慣に関するアンケートをし、約10年追跡した。

 調査対象年齢の人が、10年間にがんか循環器疾患を起こすか、死亡する可能性が最も高いのは、男性が「1日40本以上喫煙、週に日本酒2合相当以上の飲酒、BMI 30以上」、女性が「喫煙、同1合相当以上の飲酒、BMI 30以上」だった。

 たとえば50~54歳の男性で、最も不健康な条件の人が10年間にがんを発症する割合は、健康な条件の人の 2.8倍、循環器疾患は 4.8倍に達した。がん、循環器疾患にならないで生存している割合は81%にとどまった。

 一方、BMI 30以上の人が同25~27に下げても、平均的な生活習慣の男性の生存率とほとんど変わらなかった。ところが、禁煙や節酒の取り組みを組み合わせると、大幅に向上した。
==============
 ■解説
 ◇「小太り」が最も健康
 厚生労働省研究班の大規模調査は、従来の「肥満=不健康」との考え方に再考を迫る結果となった。

 昨年4月に始まった特定健診(メタボ健診)は、腹部肥満が循環器疾患の元凶と位置づけた。だが、国内では肥満でなくても糖尿病や循環器疾患を発症する人が多いうえ、国民の死因の第1位はがん。肥満と循環器疾患だけにターゲットを絞った健診への批判は根強い。世界保健機関(WHO)は、やせていても生活習慣病の多いアジアの住民に配慮し、 BMIに代わる細めの腹囲を使った基準導入を検討している。

 今回の研究では、従来の肥満の基準を多少超える「小太り」が最も健康な条件に入った。さらにメタボ健診で重視されない喫煙や飲酒習慣の改善が、生存率向上に関与していることが判明した。大櫛陽一・東海大教授(医療統計学)は「メタボ健診では、やせている喫煙者には何の指導もない。メタボ健診のあり方に大きな問題提起をしているのではないか」と話している。【永山悦子、大場あい】
==============
 ■ことば
 ◇BMI
 国際的に肥満度を示す指標として使われており、体重(キロ)÷身長(メートル)の2乗で算出する。日本肥満学会は「18.5未満」をやせ、「22」を標準、「25以上」を肥満とする。政府が推進する「健康日本21」やメタボ健診では、25以上の人にやせることを推奨している。

 まず、今回の研究の結果には何の疑問もない、全く正しい結果だと思う。僕の疑問だが、研究班の調査結果によってメタボ健診に疑問が生じるのだろうか?結果から導き出した結論がおかしいのではないか?

 「がん」や「循環器疾患」とあるが、もともと「がん」の方は小太りのほうが予後がよいとされていたはず。でも「がん」は病気であって健康ではない。小太りが、この期間生存率が高かったと書くのは良いが、「健康」と書く根拠はどこにもない。そして、 BMIによって生命予後を判定する際、「がん」の影響があることは常識のはずだ。

 「メタボ」の意味は代謝であり、糖尿病とか高コレステロール血症であって「がん」は関係ない。「がん」の危険因子として喫煙・多量飲酒があるのも証明されていることだ。一方、代謝疾患による恐ろしい病気の発症は動脈硬化性疾患による(高コレステロール血症・軽度の糖尿病は症状がない点では健康。半病人とか半健康体とか云われ「半」を嫌って生活習慣病とされた)。そして、喫煙・多量飲酒も動脈硬化を促進するので本研究の結果は、従来の考え方から云っても全く正しいと思う。ただ、電子版の原著を読んでいない(^^;もので、10年間の発症は循環器疾患では 4.8倍に BMIの関与は全くなかったかどうかが今回の問題と思う。代謝疾患は動脈硬化性疾患が発症するまでは通常(重篤な糖尿病などを除いて)一見健康である。

 なぜメタボ健診なのかを、動脈硬化性疾患の予防と理解すれば、内科医は当然喫煙・多量飲酒の害も説明し血圧が高ければ(肥満でも高くなります)降圧剤を勧めると思う。僕は昨年二人しかメタボ健診を指導しなかったが(^^;タバコもダメよと云ったなあ。 BMIも何を基準に置くかで理想的な値は違うけど、何もなくて22はキツイかも知れないと云って(元々が外科医の代診だから)主治医だったら、これで良いと云ったかもしれないよとも説明し側にいた co-medicalの片からそんなもんですかと・・・。

 確かに長生きして貰うことが医療の目的の一つである。だから生存率を評価することは意義がある。でも研究って、 100年経っての生存率などはほぼゼロだし(^^;冗談半分、元気で長生き(それこそ健康だ)出来るには?って観点の場合もある。今回のエンドポイント(差がでたかどうかを見極める条件)はそこにすべきだろう。

 またメタボ健診のように政策として行うとなると社会的損失の評価も加味される必要がある。「がん」の場合、発見の病期によっては、不幸なことに、長期生存は難しい。その方の死亡という社会的損失となる。一方、メタボ健診の主な対象となる動脈硬化性疾患の代表である糖尿病の場合は腎不全・心不全・視力障害など社会的不利を抱えての生存が可能であり、書きたくないが、その社会的損失(社会的負担と書き換える?)が大きくなってくる可能性が高い。臨床の現場と違って、政策としてメタボ健診を行う大きな目的は社会的損失をできるだけ小さくしたいため(と思う)であり、 BMIだけ下げて生存率に変化はなかったから疑問とするには時期早計である。

 例えば、生存率で評価する前に糖尿病発生率とか心電図上のST変化(実は心筋梗塞が万一発症すればST変化を有する人が生存率が高いというデータあり。不健康のため心筋が酸素欠乏に慣れているからであり、生存率だけで云うと「健康を評価できない」例になるかな?梗塞を起こさなくても進行すれば心不全・・・)がどうだったかで評価すべきだろう。

 「がん」・「一日40本以上の喫煙」(動脈硬化進行と血管収縮)ほど早く。動脈硬化性疾患は進行しないだろうが、一旦糖尿病が発症すれば BMIの厳重なコントロールがなければ、10年経てば確実に何かが発症しているとしたものだ(僕は個人的に厳重なコントロールで糖尿病は治ると思っている)。最初に書いた別の見方が正しいと判明した(メタボ健診で長く健康体でいられる)わけではないが(この点には僕も疑問 (^^; 各先生のコメントは適切)、今回の結果でメタボ健診は疑問とはならない。もし、そのような結論を導き出したなら 7~ 8年前に病院の外科医と理想的な BMI値を討論したように、「がん」を扱っている医師の主観が強く反映していると考えます。
m(_ _)m

P.S.
 判って貰えるかな?>永山悦子様、大場あい様 (^^;
 僕もメタボ健診には疑問なんですが・・・。m(_ _)mコスト対効果からどうかなと・・・


タグ:メタボ健診

産経さんの医療の取り上げ方は、自由診療指向なんだろうな [気まぐれに病気のこと]

産経さんの医療の取り上げ方は、自由診療指向なんだろうな


 新聞社系のニュースで疲労回復のために自費診療で点滴をと云う記事があった。署名入りの記事であるが、院長がお金を出してのCMかも知れないし、 URLへのリンクおよび記事からの引用は遠慮しておく。普通の病院・医院であれば混合診療(点滴を受けて同じ月にインフルエンザにかかると、そこでは保険が効かない)の可能性も出て問題化するかも知れないが、もともと美容専門の病院であれば保険は関係ないから問題はないだろう。

 でも、疲労回復に点滴ですか。僕にとっては天敵ですわ。(^^; 断ってばかりいた。

 点滴をすれば普通でも楽な感じ・気分になることがあるのは認めます。食事が進まない病気の時などにはものすごく楽になります。水さえ飲めない吐き気があったり、実際吐いてしまう時には救命的治療にすらなります。それが本来の点滴療法(医学的には補液療法)です。最近は、病気の際に患者さんがお願いしても、水を飲めるならお水やスポーツドリンクを勧められた経験を持つ方もいらっしゃるのではないかと思います。ある意味、飲むほうが安全かつお安いです。(^^;

 スポーツドリンクの嚆矢はポカリでしょうか?あれの開発のヒントは、病院で疲れた医師が点滴をポンと開けてゴクゴクとおいしそうに飲んでいるのをMRの方が見てからとか聞いたことがあります。僕としては、誰も美味しいと云わなかった味を健康のためのものだからそのままでと発売した話(判断した人は偉い)のほうが好きなのですが・・・。まあ、飲むので充分だろうし、点滴よりも各社飲むために調節されています(と思う)。

 <<自分で書いたもの約40行削除>>

 多量の水分(感覚的に2000-3000ml以上かな?)は腎濃縮力を低下させるので、無理に点滴・摂取しないほうがベターかと。以前このブログのどこかに書いたが、お年寄りのためにと家人が水を飲ませていたが、チョットした風邪で経口摂取不能となった際に(心因性多尿様に濃縮力低下のため)脱水が高度でした。

 僕は喉が渇いた際、お水かスポーツドリンクを少し多めに飲んで、済ませます。

P.S.
 糖尿病で多尿が続けば生理食塩水の点滴でグッと楽になります。でも、2型の方は自己責任かな?点滴で楽になるより血糖コントロールが大事だから。


恥ずかしい [気まぐれに病気のこと]

恥ずかしい


 医師の免責のことを書いて再発予防を考えていなかった、以前からある問題だと・・・。今回はオーダーリングシステムが関係するようだ。ブログを読ませて頂いている、まる七さんの記事コレは問題です‥に「薬名のあとに<筋弛緩剤>と入れたりすれば」間違いが少なくなるだろうと書かれています。(医療関係の方と話したのかな?)

 マスター管理されている薬剤部・薬局であれば、誤りが多いとされているクスリのみでも医局の了解を得て(すみませんね、時々うるさい方がいるもので・・・)、薬効を製品名に追記することは可能と思いますがいかがでしょうか。

P.S.
 トラックバックをしようとしたが、まる七さんはトラックバックを受け付けていなかった・・・、残念。トラバ(この言葉を使ってみたかった)しましたと書きに行こうと思ったのに。(^_^)


前の10件 | - 気まぐれに病気のこと ブログトップ
メッセージを送る