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渚にて -人類最後の日- [書物(本・雑誌)雑感]

'渚にて -人類最後の日-'
ネビル・シュート(井上勇訳)
東京創元社 創元推理文庫七三三
1971年3月19日15版(初版1965年9月24日) 原作は1957年
ISBN なし
参考 978-4488616014:創元SF文庫       カバー装画が新しい
   4-488-61601-1:創元推理文庫1983年38版 カバー装画が本書と同一

 映画を小学生の時に観た。当時ボーイスカウトに参加していたので、ボーイスカウトの一隊が小川を渡って行く場面はワルチング・マチルダの唄とともにハッキリと覚えていた。もっともワルチング・マチルダと云っても題名を知らず、高校生の時ハリー・ベラフォンテが歌っているレコードジャケットで知ったくらいだ。そして今回はじめてワルチング・マチルダの歌詞と、この映画で使われた意図が判った。もうひとつ覚えているのは、やはり(釣りをする兵士と潜望鏡の場面ともに)デタラメなモールス信号を確かめた所だ。

 このようなことを書くのは最近この映画を観た(^^;ためだが、宿毛で何か読む本がないかと探していると本書があった。いつ購入したかも覚えていないが(^^;、昔観た映画の原作を読んでみようと購入したのだろう。この機会だから読んみることにした。"渚にて"は核戦争により北半球が全滅した後のオーストラリアが舞台(小説ではアフリカ・南米の情報が頻繁にはいる)とは、私の世代以上には常識だろう。

 一読後再度映画を観てみたが、内容が全く違う。ストーリーも端折られているが、肝腎の描こうとしたものが全く異なるのだ。ドワイトとモイラが二人でトラウト釣りに行き宿に泊まる。映画ではそこで二人は結ばれる(小学生の私でないから(^^;、ベッドなど出てこないが確信している)、小説では結ばれない。端的に言えば結ばれないのが、この小説の(核戦争の愚かさとともに)もうひとつのテーマなのだ。モイラの言葉で語ろう。
 これが長い一生涯のためだったら、話はちがってくるわ。
 ドワイトをすっかりものにして、子供や、家庭を、一生涯もてるんだというんだったら、奥さんに卑劣なことをしたって、それだけの値打ちがあるでしょうよ。そんなチャンスがあると思えば、わたしは、どんなことだってやり通すわ。しかし、たった三ヵ月の喜びのためで、そのあげくは、なにひとつ残らないというのに、奥さんに卑劣なまねをするのは-そうよ、それは、全然、話がちがうわ。
(P270)

 ちなみにドワイトも死を覚悟し妻と子供の所へ帰れると思っている。強くモイラを愛しても、ここで妻に不貞を働くとは全く考えていない。そのような二人の関係だからモイラが爆走して岬にたち潜水艦を見送るシーンが(映画の御陰で)強烈でした。

 間違って貰っては困るが、二人の関係云々ではない。放射能が世界を覆う残り数ヶ月間人々の生き方の本なのである。それも人々の欲望がパンパンに膨らんでいない、よき時代に生まれた本なのだ。オーストラリアで放射能が南下してくるが、多くの人々は地元で死を迎える。目前の死の危険から逃れても、早晩必ず死がおそってくると判っている人々には逃れようとする欲望など無意味と見えたのだろう(当時の日本ならモータリゼーションの発達もなく、土地への強い愛着から同じ態度だったろう---あくまでどこに逃げても同じという前提の一文です m(_ _)m )。

 まあ欲望の強いアメリカ映画では二人の恋を成就して観客迎合し、原作のままでは理解しがたいかも知れないから一時的にでもメアリーの精神を異常にさせている。僕は小説のほうが好きだ。

 淡々と日常をこなしている人々。それを時には"無駄になるのに狂っている"とする自覚。そこの所をもう少し考えると、生と同様死は必然である。残り数ヶ月でなく自分に死が訪れることを思い、いまの自分を省みて"無駄になるのに狂っている"と全く自覚されない方々には本書の良さは理解できないかもしれない。理解できなければ本当に今の自分でよいのかと自問されることを 。
m(_ _)m不要ナ欲望ニトラワレテイナイ?

 映画を観られて感銘を受けられた方も、本書を読まれるとアッあの場面にはこのような事情(物不足や国際背景)があったのかとより深く判ります。レースも予選からで迫力あります。

 この本が書かれた頃よりは核戦争の危険性は少なくなっていると信じたいですが、小国が核を持つ危険性を本書は述べています。どこかの国がアメリカ相手の交渉のために核を持ち、他の小国がわが国もとなると一気に危険性が高まるでしょう。そして不幸にして本書のような核戦争が勃発すると、どこかの国が直接関与していなくとも、とこかの国の最高責任者は責任を取れるかなあ、取れないよ。開発止めましたと、世界に示そうよ。

P.S.
 最近韓国でジェーン・フォンダ「チャイナ・シンドローム」と同様な事件(規格外品質機材の使用)が明らかになりました。映画で描かれたことが原発内部で起こらないと良いが・・・(・・・があってはいかん)。

タグ:渚にて
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