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第四十六番札所 医王山養珠院 浄瑠璃寺 [四国遍路]



第四十六番札所 医王山養珠院 浄瑠璃寺



<<住所>>791-1133 愛媛県松山市浄瑠璃町282
<<電話>>089-963-0279


<<本尊>>薬師如来
    薬師如来は東方浄瑠璃世界の教主、一名薬師瑠璃光如来
<<開基>>行基菩薩
<<宗派>>真言宗豊山派
<<御詠歌>>極楽の浄瑠璃世界たくらえば受くる苦楽は報いならまし

<<道筋>>
 歩きの場合、標高差のある三坂峠を下り、県道207号線から出口橋を通る県道194号線への分岐さえ見落とさなければ、適当に歩いても大きな間違いはないはず。
 軽四・普通乗用車の場合、へんろ道保存協力会の地図では三坂峠を下る途中から奥久谷大久保農道を通る(但し大久保バス停が道路幅広く、そこまで下りUターンして左折)ことを勧めている。私は砥部町に来ていたので、総合運動公園の有料道路を通って県道194号線を逆に。この場合一気に駐車場へは入らないのでUターンが必要。

<<駐車場>>あり(10台)無料
<<宿坊>>なし



鎮魂の皿(一部)
 境内にある鎮魂の皿の一部。

本堂
 山門はないが、階段を上ると奥まって(150mほど)本堂がある。本堂近くに、向かって左手に仏足跡、右手に説法石(腰掛けられます)がある。

大師堂
 本堂に並び右手にある。

鐘楼
 階段を上ってすぐ右にあり、鐘がつき易い。

籾大師
 大きなイビキジャクシンの本堂寄りに籾大師がいらっしゃいますが、本物の籾大師は大師を籾に刻んだもの。それを大きくして石像にして置いている。

説教石
 お釈迦様が修行・説法された霊鷲山(インド)の石が、模様の中央に黒っぽく埋め込まれている。腰掛けて下さいと書かれている。

仏足跡
 写真で仏足跡と書かれているのは標柱であり、その右手の平板が仏足跡。位置関係から説教石とペアになるものかもしれない。説教石に腰掛けて靴下を脱ぎ、(できればサンダルなどに履き替えて)この仏足跡に素足で立つようにと。
 また、この仏足跡のやや後ろに仏手花判(ほとけの指紋)があり手でさするようにとのこと。やはり説教石と意味は違うがペアになるべきものだろう。

一願弁天堂
 本堂の左手にある。仏を守護する弁天さんがここにあるのは納得できるが、何故か松山では弁天さんが多かった。弁財天(財福を司る)としての信仰?


鎮魂の皿
 人は死から免れることはなく、思いがけない死を迎えることもある。戦い・災害・事故などで不本意の死を迎えた魂は、慰められ(慰霊)鎮められ(鎮魂)なくてはならないのかもしれない。鐘楼の大師堂よりに鎮魂の皿がある。瑠璃観音(観自在菩薩の化身のひとつ)が受けとめている。

水守地蔵
 水子供養・家内安全・子孫繁栄の水守地蔵と立て札にはあるが、像のほうは水子地蔵とある。

経塚
 経塚

万霊塔

 大師堂から47番札所に向かうと、すべての生き物のために万霊塔が建てられている。



 写真に撮っていなかったが、庫裏・納経所の建物は「横玄関の様式」と呼ばれる珍しいものらしい(^^;。納経の際に、じっくりと拝見したい。


45番 岩屋寺(未)--道中(未)--第46番札所 浄瑠璃寺--道中(未)--47番 八坂寺




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コメント 2

三土修平

四国の札所めぐりは、46番から53番までが、私もかつて18年間住んだことのある松山平野の中にありますね。
大地震に加えて原発事故で、東日本はただならぬ大騒ぎの最中ですが、西日本からの写真入りの情報に接して、ほっとひと息つかせていただけますこと、感謝です。
東京理科大学は新学期の授業を予定どおり4月11日から行なうことを決定しましたが、早稲田大学は新学期を1か月遅らせることにしたそうです。
四国霊場の中には、52番太山寺のように、鎌倉時代からの建築が健在で残っているところもありますが、あれは、同じ四国でも瀬戸内側は南海地震の震源域からやや距離があって、度重なる南海地震でも、さほど惨害を被らなくてすんだためでしょうか。
前回のフィリピン海プレートの地震は、東南海が1944年、南海が1946年(終戦の前と後で、まさに「泣き面に蜂」)であったのに対して、東海は安政以来起こっていませんから、あと50年以内にほぼ必至で起こるとか。静岡県の浜岡原発がとても心配です。

ところで、松山の近くには、札所にはなっていませんが、北のほうの旧北条市の域内に「鎌大師堂」という小さな魅力的なお堂もあります。縁があったらお訪ねください。先代住職の尼さんがご高齢で退任なさったあと、若いご住職と奥さんが、とても熱心に堂守りをなさっています。
by 三土修平 (2011-03-23 14:18) 

依光次郎

原発を含む今回のいたましい出来事を無視するわけに行かず、四国遍路の中で鎮魂の皿(瑠璃観音は水難とも関連があるようです)をまず持ってきました。三土さんにはご理解頂けたと存じますが、近頃のTVで云えば思いは見えないが思いやりは誰にでも見える、の「思い」でしょうが・・・。

被災された方々には申し訳ない云い方になりますが、被害の大きさを見るにつけ、高知県人も南海地震と津波の記憶に改めて思いを寄せています。学者さんは別プレートだと仰いますが、マグマの動きへの影響などあれば駿河トラフ・南海トラフも無関係ではないのではとか思っています。私の存命中は南海地震は起こらないと信じていましたが、やはり人智では計り知れないと考えを改めました。

女房殿の納経帳には「花へんろ一番札所」も含まれています。私も北条から歩きの際遍路道沿いであり、お参りさせて頂きました。先代の妙見尼様はお亡くなりになったとのことでした。

長いP.S.
記事にしようか迷っていましたが、こちらで。「遍路 手形 避難所」でWEB
検索し、出てきたサイトが大野正義様のものであれば「避難所」でページ検索すると今回国際的に評価された日本人の災害時の秩序を説明されています。現在、どちらかといえば四国遍路を切り口として書いているもので、関連性を書きたくって仕方ないのですが(^^;、市販の書物になっているようであり、ここでひっそりと紹介させて頂きます。

いずれにしても、東北の方々の粘り強さは凄いと思います。知人が云っていましたが、避難所があの状態なら高知県人は怒り爆発でないかと・・・。今後も長期の出来事になると思われますので、東北人の気質に依存するのではなく、いずれまた大津波が西日本を襲うだろうし、日本全体の問題として皆が捉えるべきであると考えています。

欲望という煩悩さえ抑えることが出来れば、この国難を乗り越えられると思っています。ひと言で云えば、一時的にでも昭和40年以前の辛抱を今の生活に取り入れればってことですが。PCなんて便利なものもある、そのPCの前に座っていれば、プンと切れる停電は怖い。そうなれば停電の時間割(企業は時間でなく日単位?)があれば助かるなあとか・・・。昔は結構プンと切れた。映画のクライマックスで真っ黒に・・・。

実は今わが家に水を一箱購入しています。必要もないのに買い占めかと怒ってみると、知人が水に困っているから送ると・・・。皆がするとトラフィックの負担になると思うけど。おそらく都会の「買い占め」も同じ状況だと思っています。そういう荷物が負担にならなければ良いのですが・・・荷物が届く頃には流通は改善してすんでいるかもしれません・・・そう考えて黙認。

放射能の問題なら団塊世代は「雨に当たると禿げる」と聞いて育った世代。どちらが多く浴びたのか知りたく思っています(当時の放射線量は?また広島長崎周辺の放射能被害を放射線量との関連で明らかにしたもの--基礎になるデータをアメリカさんがしっかりと調べたはずだが・・・-など、ついでにひと言、少量の放射線量は長生きに繋がったということを読んだ記憶あり。英語の教科書(セシル?)で元になるデータは日本の被爆地からでなかったかと・・・別のデータだったかな?忘れた)。

by 依光次郎 (2011-03-24 17:55) 

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