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お遍路道中記 [四国遍路]

 全く記事を書いていないもので、生存証明に。(^^;

2010/07/XX
足摺テルメでの朝食
 昨日土佐清水から金剛福寺まで歩いた。金剛福寺にてクルマで来た女房殿と合流し足摺テルメで一泊した。朝食時、二人並んで海が見える席だった。

 昨日までとうって変わった、どんよりとした空。遠くの海で暗く黒い雲にうす黒く柱が立っていた。オッ、雨。女房殿は海面の変化に気づいていた。こちらの海の色は青いけど、一線が引かれ向こうは白くなっている。その青い海と白くなっている境がだんだんとこちらに近づいてくる。あたかも雨が青い海を侵食するように。

 全体が暗くなり、薄黒い柱が見えなくなると窓にポツポツと雨垂れが付いたと思う間もなく、風が強くなり窓に激しく雨が叩きつけられた。今日の豪雨の始まりだった。

2010/08/XX
やはり足が
 月山神社では社務所にご不在で心配しながら自宅のベルを押した。参りますから社務所でお待ち下さいとすぐに返事があり、気持ち良かった。記帳の折の話では、高知の方は稀だと云う。

 才角から遍路道を歩いて、足の調子がすごく悪くなることはなかった。登りの時は足より先に息が切れるし、今回は写真を撮りながらで非常に楽だった。クルマの走る道を1Km弱歩くだけで足のしびれが強くなって少し休んでいる(下り道になって多少減ったが、ヘンロ道は蜘蛛の巣との戦いと知れ!!)。

 波の音を背に、今回購入したイスパックで腰掛けているわけだ。野市の大日寺からはじめ、家にあったので使っていたカメラマンバック(ツーデイパック)ほど背負い易くはないが、こんな所でもスッと座れるのはありがたい。

上と同じ日
赤泊西田家のお接待
 赤泊を歩く頃、水の心配をしていた。ウェストバックのお茶は飲んでなくなっており、イスバッグの横に150mlほどの冷えたポカリが残っているだけだった。ここらは自販機もなければ携帯も圏外だった。

 後ろからやって来た軽トラの親父さんが、水は要らないかと声をかけてくれた。お願いしますと答えると、クルマについて来てと、そのまま先のお家に入った。道から2メートルほど上がるようになるが表札は西田と読めた。

 玄関を入ると、土間からの上がり口に麦茶が入った大きなペットボトルとお菓子があった。コップに麦茶をいれてくれて好きなだけのみなさいと云ってくれた。私のペットボトルにそれを入れても良いのだが水のほうが良いかと尋ねてくれた。ご親切に収め札でお礼をした。江戸時代からの収め札が保存されている西田さんでしょうかと尋ねると、そうだとのこと。自分の納め札もそれらに加えて貰えると思うと嬉しかったし、ありがたかった。

2010/08/XX
塩ラーメン
 懐しい南レク・サンパールにいる。駐車場にクルマがあるから、それなりに人は来ているのだろう。一番宇和島寄りに、黒い平屋のラーメン屋さんがあり、「塩」と大きく書いている。

 塩分補給なんてこともあり、卵の入った塩ラーメンとギョウザのセットを頼んだ。塩ラーメンだが薄味。期待した味ではなかったが、ポカリスエットを思い出した。皆が美味しいとは云わなかったが、まずいという意見もなくそのままで大ヒット。

 とにかく具の味がそのままで美味しく味わえる。麺もそのままの味なのだろう、不味くはない。自然体の塩ラーメンと云ったところか。総じて満足(したので書いている)。

2010/09/XX
大瀬の館の予約
 大瀬に入る前に、私よりご年配の方に抜かれた。一度私の後ろに来ていて抜かれると思ったころ、道の反対側にある店に行き、新高梨を買われたようで一度遅れられた方だった。大瀬の休息所でその方が休まれて居られた。私も一緒に休んで話している所に、やはりそれなりにご年配の方が到着した。その方は宇和パークホテルから40Km!!歩いて来られ今夜はひとつ先の民宿来楽苦に泊まる予定とのことだった。先に来られていた方はもうひとつ先のさかえや旅館(徳岡旅館)とのことだった。時間は三時前だから皆さん余裕だろう。でも40Km(私はその間に大洲ふるさと旅館を入れざるを得ないのに(T_T) )とは凄いと先に来ていた方も驚かれていた。もう一度書くが、それなりにご年配に見える方だ。

 その40Km歩かれた方が云うには大瀬の館に予約したが満室であると断られたとのこと。ンッ?私は今日一人で大瀬の館に泊まるはずだが・・・。

 大瀬の館で聞くと1グループのみ(私だけで1グループ)が宿泊利用可能だそうだ、それが今日のように土日曜休日だけなのか、平日もそうなのかはしらないが。今回の場合、そのことを知っていれば改めて1グループと名乗ることで、40Km歩かれた方となら一緒に泊まることもできたと思う。もっとも大瀬の休憩場でなく、その方が宿泊を予約する前に遇っていないとダメだが・・・。

P.S.
 私がお会いした方で、一日最高に歩かれた方は約60Kmとのことだった。きつくて昼食を吐いてしまったとのこと。また、翌日歩くのが困難でゆっくりゆっくり行っていると(そのペースでも私より速い、追い越されて休憩所での話)。

2010/09/XX
先々代
 XX寺の納経を済ませた。呼び鈴を押して出て来られたのは年輩の女性だった。型通り御朱印を押してくれて、古い納経帳ですねと呟かれた。35年前にクルマで回っていて定年になり(と最近云う)今回は歩きでと答えた。

 彼女によれば先々代御住職の揮筆であり、大事にしてあげて下さいとのこと。お聞きすると、持ち主が亡くなられて納経帳も納棺され、焼かれてしまうのは少し寂しい気持ちになると云う。その時のために回られているいる方もいらっしゃるだろうが、当方真言宗でないので、家族全員にメールでそのお願いを伝えた。

P,S.
 納経帳の文字を見て、アッお祖父ちゃんの字と云われたこともある。私の若い時の字で、前のお寺も奥さんの字だが亡くなられたと仰有る女性もいた。

2010/10/XX
 萬景山成願寺
 今日午前 7時前に民宿松山を出た。予定の道に出るまで住宅地をぐるぐる回ったり、私は何所?状態だったがやっとそれらしい道にでて、目安のコンビニを見つけてこの道で良いのだと思った。

 その後しばらく(と云うほどでもなく)するとお腹の調子が悪い。トイレを済ませて出発したが、冷えたか、タバコが減って腸管運動が改善したか、橋が見えたころから排便を催した。

 学生会館があり頼んでみようと玄関に手をかけるも開かず。右手に成願寺があり、景色が良く公園になっているようだ。覗いてみようと思っている所に、男性が通りかかった。トイレを聞いてみると、お寺の向こうに広場があり、そこにトイレがあると。

 一目散にお寺に入るとお大師さんが出迎えてくれた。とにかく先ずトイレ。出るモノが出るとスッキリ。公園で一服して痩せた猫が二匹いるので低血糖用に準備しているゆず黒糖を与えると飛びついたが、お気に召さず放置された。どこから出てきたのか二匹が加わり四匹になった。でも、与えるものは何もない。折角出てきたのにと申し訳ない。

 そうしている内に、お大師さんにお礼しなければ、いやこの生理現象はこちらのお大師さんに呼ばれたかと本堂・大師堂に参拝後、ご朱印を頂いた。周辺の信仰も厚い感じの良いお寺だった。

2010/10/XX
女遍路
 仙遊寺でその方を見た。初めの印象は全て投げ出した後の生業遍路かなと思った。ちょっと小太りで本堂から青いポンチョで急ぐでもなく歩かれすれ違った。

 国分寺に向かって歩いていると食べ物屋さんがなかなか出てこない。ある角に、地図に出てこないお店があり、自販機を置いていて尋ねればパンなどを置いていたかもしれない。通りかかった際自販機の方と話していたのでパスして、コンビニまたは喫茶店と思っていた。雨に濡れた雨具の処理も少し面倒で喫茶店よりコンビニでとも。

 地図にあったコンビニに向かうと、先程の女遍路がベンチ・椅子などもない軒下にベタに座って食べていた(こう云う所もなりわい遍路気味に見えた)。私は濡れていたので店に入らずガラスを軽く叩いて店員を呼んだ。おにぎり二つ・暖かいお茶・アンパン一つ(それまでに少し低血糖気味だった。)を注文しお金を払った。財布はビニール袋に入れているのだが朝一番で南光院までタクシーに乗り、その時に準備していた千円札がポケットの中で1/3ほど濡れていた。これですみませんがと云うと大丈夫ですと気持ち良く受け取って貰えた。

 女遍路さんの所に戻るとアイスクリームを食べている。寒くないですか(私は暖かいお茶をお願いするほどだった)と声をかけた。返事はお遍路をするとどうしてこんなものまで美味しくなるのでしょうかと云うものだった。空腹が最大の調味料とも云いますしとか、持論の、グルメブームって食べ飽きてから起こるものでしょうとか話は続いた。女遍路さんは群馬の方で、西国・秩父などはすでに回り、今は県単位の区切り遍路をしている。歩きに固守するのでなく三坂峠はバスで降りたとのことだった。女性がトイレに困る話もして、出る前に彼女はトイレに行った。

 それではと彼女が先に出発したが、あとはこの道を真っすぐ行けば良いのですねと問われるので、ハイと答えた。私も立ち上がり今までまっすぐ来ていた道を行こうとしたが、彼女は店の前の道をまっすぐに行こうとしている。九十度違う!!いかん、まっすぐの意味するところが違っていた。声をかけるが気付かずトコトコと進んでいる。慌てて十字路から十歩程走って声をかけると振り返ってくれた。その時には足の痺れが強くなっていた。(T_T)

2010/10/XX
騙した遍路道が悪いのか、騙された男が悪いのか(^_^;
 横峰寺を目指す際、気になることがあった。寒さである。私がお遍路をはじめたのは六月半ば。雨も凄かったが、暑さは八月末まで半端でなかった。でも徐々に涼しくなり朝夕チョットした寒さも覚えるようになった。雨も降っていたが岩屋寺への八丁坂下では震えてゴアテックス上下のさらに上にポンチョをかぶったものだ。

 そこで横峰寺。とにかく高い。今の季節の気温に不安を覚える。女房殿は何げなく云っただろうが、先輩が遭難しそうになった話。私は石鎚と聞いていたが、女房殿によれば横峰寺を目指していたそうである。山男だった先輩だから石鎚から横峰寺に向かった可能性もあるが、道を見失ったそうだ。私は全くの素人。そうなった際のことを思うと、充分の衣服・飲食料を持って行きたい。飲食料はさておいて衣服だが、自分も心配だが女房殿があれを持って行けこれもと随分増えた。

 そこで私は禅師峯寺の遍路道にそれらをパッキングしたバッグを持ち込み、上り下りを試してみた。また、下りの際膝に優しいと聞いて二本杖にしようと、その効果も試して見ようとした。当初は高知医療センターを過ぎトンネル前を左折してすぐの駐車場にクルマを置くことを考えていたが催し物をしていて長時間の駐車がはばかられた。結局、禅師峯寺の駐車場までクルマで行き、山門前からの旧道を2往復した。オッ、充分行けるじゃないかと・・・。その結果で、いざ出発に臨み以前持ち運んでいたものなどアレモコレモと追加した。

 今日一日背負ってみて騙されたと判った!!チョット考えれば判るじゃないかと・・・、やはり私はバカだった(^_^;。山門からの遍路道ってまず下だる。下だる時は膝にきても荷物の重さの問題は小さくなる(^_^;。登る際は二本杖の力もあったのだろうと思う。従来に比べそう重いとは感じないことで騙された、もしくは平地で評価しなかった私の落ち度ってことだろう。嗚呼、重い。

2010/10/XX
横峰寺がすんだ
 横峰寺登山口からゆっくりゆっくり登り始める。はじめは二本杖の効果かいけるいけると、考えていたより楽に登っていた。なにせ倒れた木が多く、霧も出てムードも満点。だが徐々に階段かいだん、また階段。何度も休んだ。それでも二本杖は自分にあった歩幅であれば非常に効果的。

 何回かセメントや木で出来た橋を渡る。案内本に川の水かさがある時要注意と書かれているが、一カ所だけ確かに水が出ると渡るに危険性が伴うかと思ったが、それ以外は橋でどうにか対応できそう。道にまで水が来るほどなら通れないだろう。曇天ながら雨に遭わずに良かった。

 下りは遍路道で階段の段差と瓦礫がきつい。それが長時間続き、ジグザグで降りている時は何時まで続くのだろうと思ってしまう。

 総じて展望が利かないというのはさみしい。下っていると二か所で(一カ所は車道)遠くの景色を見ることが出来たが、遠くの山並みがきれいに見える休息場はなかった。登りは杉メインの森であり、森としては見通しが良いとすべきか。その杉林が楽しめたかと言えば倒木が多かった印象が残る。

P.S.
 下りに少しだけある車道を調子良く歩いていると靴が滑って転んでしまった。その時目の前に水晶があったので記念に持ち帰っている。

2010/10/XX
あるお年寄り
 新居浜市から旧土井町に向かう。関の戸に至る登り坂の途中、階段から道面に降りられるようになっている。。その階段に座ってタバコを吸っていると年配の男性が自転車を押しながら登ってきた。

 八十八ヶ所を回っているのかと声をかけて来た(見れば判ると思うが・・・)ので、話しはじめた。すでに百回以上回っている(と自称していた)、大島へ行って来た、昨夜は善根宿だった、トラックセンターが安い(2000円)云々と話してくれた。

 そして宮島の上の神社に行くと入場料硬貨(500円)を置いているが山をつくっている。正月など億単位になるなどと話していた。これを一番云いたかったのだろうか。その後お寺の悪口になってしまった。万一私も放浪するようになればまあ悪口は云わないようにしよう。

2010/11/XX
お遍路と健康
 雲辺寺から小松尾寺(大興寺)に向かう。登ったんだから降りなくてはならない。ジグザグジグザグ延々と。階段状に作られた坂道、足を降ろすとショックが大きい。そのような時、""お遍路さん健康で""と札が掛けられていた。

 その時に感じたのだが、チョット待って、四国遍路って健康者のものなのってこと。歩き遍路は金と時間と健康がなくてはと書かれていたものも読んだ。いや、今は実に健康的な方が多く回っていらっしゃる。それはそれで全く問題ないし、ブツブツ云うこともない。しかし遍路は健康者のものであるとなると違うと声を大きくしたい。

 NHK新日本紀行「白い旅人たち」で平等寺極楽寺の住職が戦前の四国遍路を支えたものはライの方たちの生へのすざましい執念だったという。私は生への執念で病を持つ人が歩きで回ることが増えても良いと思う。

 私は病気が楽になったお礼参りと糖尿病・歩行の改善を目的に歩き遍路をはじめた。昨年と一昨年を比べると明らかに歩けなくなっていた。この調子では年齢が進むと全く歩けなくなるのでないかと怖れてもいた。

 様々な病気を持っていても、歩くことができれば歩いてみる価値を四国八十八箇所は持っていると思う。その際、民宿・旅館・ホテルを利用して全てを歩きで繋ごうとすると予想以上にお金がかかる。昨日は、池田で数年過ごしたことがあり、雲辺寺からタクシーで白地に向かったが往復7000円近くかかった。ロープウェイで近くの宿がよかったか?

P.S.
 ながらく平等寺住職と思っていましたが、二番札所・極楽寺住職安芸昌憲師でした。以下にNHK新日本紀行「白い旅人たち」より。「(前略)私の知る限りでは、やっぱり八十八ヵ所の中での主役と云うのはまず第一番がライ病患者だったと。それから結核。いわゆる業病難病ということで。それともう一つあるのは、非常な昔は極貧、年貢の取り立てとかいろんな社会条件で食い詰めるわけですね。食い詰めた人が夜逃げをするわけです。もう親戚縁者まで中々災いがかかると云うことで、死に装束をして行く所は最期はお大師さんの四国を回って、回国していこうという。その方がやはり本当の主役だったと思いますね。そういうグループの旅は終わりのない旅(後略)。」蛇足ですが、現在病気のほうは薬物療法にて治療可能です。

2010/11/XX
1mmの差
 爪切りの後親指の内側が時に痛んでいた。深爪をしないようにしているが、以前から爪が厚くなっていて一番端が少し刺のように残ることがある。よほど痛くなければ次回の爪切りまで様子をみている。今回も少しそのような感じがあった。

 一昨日出発する時久し振りに靴下を二枚履いた。出発時にも靴紐をゆるめた。椿堂からヘンロ小屋まで歩いて、もう一度靴紐を緩めた。その後雲辺寺に向かう訳だが、爪切りが欲しいなと感じたが痛くってどうにもならないとは感じなかった。まあまあのスピードで登り切った。昨日は下り、やはり二枚履きで前日より親指の痛みが強かったが、これもまあまあ。昨夜爪を切ってホテルの中を歩く時ほとんど痛みが無く(軽い痛みは自宅でも時に感じていた)、これで大丈夫と思った。

 今日の出足は好調だった、割りと早く本山寺到着。ところが、快調に進むと思ったそれからが大変。休んでも少し歩くと右親指が猛烈に痛み、歩けなくなった。経験上このスピードはお遍路を始めたころより遅いのではと感じられるほどだった。

 そこで喫茶店(BONだったかな?)から出る前に厚い靴下を抜いた。親指の痛みはなくなったが歩くたびに着地のショックが大きくなった。これは靴下を履いたほうが良いと再び二枚履き。堪らない痛みが再発した。試みに薄手の靴下を脱ぐと親指の痛みは起こらなかった。

 弥谷寺の階段を降りる時も痛みなし。昨日は耐え難くはなかったが、下る際にはそれなりに痛んでいた。昨日は爪の影響があったかもしれないが、不要な痛みがあったことは間違いない。

 今日の耐え難い痛みがやや厚手の靴下一枚の差とは・・・、靴の大きさをシビアに考えなくてはと身に沁みた。まあ、絶対に小さめの靴はダメだって事だ。新い靴は25.5mmで購入しているから良かった良かった。

2010/11/XX
薬師如来
 今日は 4時間タバコを吸わなかった。善通寺を出る時、おりからの空海祭りですごい人出の割にタバコを吸う人をみなかった。昼食に昨日の俳句茶屋の餅を納経所前のベンチで食べてタバコを吸いたくなった。どこで吸おうか考えている間に小用を済まそうと思った。トイレから出るとタバコが全く欲しくなかった。お大師さんが、それですむだろうと笑っているようだった。

 また74番甲山寺から77番道隆寺まで薬師如来が続いたもの、病気は治るよと云ってくれているようで嬉しかった。

 ホテルの部屋も禁煙でヤッターと思ったが駅に間食・明日の朝食を買いに行ってタバコを買って数本喫煙した。また明日から頑張ろう。飲まないほうが足が進むと自分でも判っているのだから。

2010/11/XX
何なんだ、あれは
 今朝、XXの国道を歩いていた。向こうから女子高生が歩いて来た。何となくおかしい感じがして良くみると金剛杖を持っている。いや、そんなはずはないと目を凝らすとむきだしの竹刀だった。それでおかしい感じがする訳ではなく、彼女は竹刀の柄をシコシコしているのだ。本人は全く意識していないだろうが・・・。実にイヤラシイ感じで(^_^;、身体的反応は起こらないが劣情を催すには十分だった。

 う~~ん、まだまだ修行がたらんなあ。

2010/11/XX
屋島と五剣山
 今日のメインは屋島寺と八栗寺(志度寺もすませた)。高峰ではないが登りだ。屋島寺は地元の方々の健康ウォーキングコース。まあ皆さんの足が早い。健脚だろうお遍路さんに比べ荷物がない。スタスタとご夫婦で追い越されて行く。私は後ろから凄いなあと感嘆。

 幸い私も福岡から来られた方を追いかけて、自分にしては早めに着いた。足も昨日に比して痛みも少なかった。その方の読経・納経(帳・白衣・掛軸の三点セット)の時間が私より長いようで、出る時に一緒だった。しかし、まあ一瞬のようなもの。急な坂が始まり、どうぞお先にというとアット云う間に追いつけなくなった。二本杖の下りって安全かつ膝に優しいとしても、遅くなる気がする。

 八栗さんも地元の方とおぼしき方々がいらっしゃったが朝のウォーキング時間でないためか屋島ほどではない。石のベンチが大正だったか明治だったかに置かれたようで、そこに座ってタバコをのんでいると一番上のベンチに先に座られていた方もタバコを吸っている。しきりに、足をさすっているのでタバコをやめられたほうが良いと思うが・・・、ひとごとではない。

 お迎え大師が良い。大師堂の木像を模したものと書かれているが、お空をバックに非常に良かった。

 まあ、しんどいけど適度の高度であり良かった。

2010/11/XX
名物おまんじゅう
 八栗さんから降りようとして参道の食堂に入った。以前八栗さんに来た時の繁盛ぶりはない。おばあちゃんと私くらいの娘さんがやっている雰囲気だったが、ケーブルカーとお寺さんの間と云う絶好のポジションに拘わらず客が多く入っていないようだった。

 門前のお店と云えど、クルマで来る客から見ると、広い選択範囲の中でのひとつに過ぎない。近くに有名店があれば、まず一時間以内にそこに行ける。客の舌も肥えた。飯を食わせれば良かろうの店では全くいけない。でも、そこそこの味が出せる門前のお店が寂びれて行くのはかわいそう。そりゃあ、一流シェフの味ではないが・・・。

 その可哀想なものの中で気になるものがある。いや、特定のお店の話ではないが、おまんじゅうである。名物XXまんじゅう(XX餅も)である。これって基本的に携帯食料だったはず。お昼などに食べると実に美味しい。若いお遍路さんも、コンビにだけでなく、お寺さん近くの名物XXまんじゅうに手を出して見られてはどうだろうか。

2010/11/XX
あっ痛ったった
 一度書いたが消えてしまった。(T_T)書き直し。(そこでははじめに藤井寺から焼山寺への遍路道にチャレンジするかどうかを女体山越え出来るかどうかで試してみようとしていたことを書いていた。)

 あずま屋さんで女体山越えの危険な所を教えて貰った。愛知の親子連れの息子さんが四回まわっておられ聞いて見たが、云うほどでなく落ちても大丈夫でしょうとのこと。女体山越えのために長尾泊りにしたのだから行くべしと思っていた。

 当日は絶好調。最長不倒距離2.5Kmをクリアしたのではないかと思う。ちょうど休んでいる時に単独で歩かれていた名古屋の方に抜かれた。親子連れの方にも抜かれたがまあまあその後ついて歩いていた。へんろ資料館に向かって緩い上り坂になり、右のふくら脛が少し痛んだ。へんろ資料センターで休もうと登り続けていると、突然ふくら脛の痛みが強烈になった。一瞬歩けず身体が右に傾くほど。とにかくへんろ資料センターへと。右足に負担を掛けることが出来ず、少しづつ・・・。練習中に足がつって思わず倒れたことを思い出すが、痙攣ではない。先刻から痛んでいたふくら脛の部分が爆発した感じ(出血かと思った)。

 やっと資料センターに着くと親子連れの方は出発しようとしていたが、湿布薬が必要なら差し上げましょうとお父さん。感謝しつつ様子を見たいと。でも痛みは急になくなる様子でなく、新潟のご夫婦も到着。これであずま屋さんに泊って88番を目指すメンバーには全て再会だ(^_^;。

 ご主人と資料館の展示を見ていたが、足のほうは完全に痛みがなくならない。それでも辛抱できる程度にはなったので一足先に出発としたが女体山越えは諦めた。資料館の方に教えて頂いたが廻るほうにも旧遍路道がある。その道を行くことにする。

 まあ、お大師さんが女体山越えはお前にはまだ無理とおっしゃったと理解しておこう(T_T)。従って12番も藤井寺から狙わないことにする。またまた(T_T)マークだが・・・。

2010/11/XX
大窪寺から切幡寺へ
 ○○先生の奥様に送られて大窪寺に。前日の話よりは早く出発してくれた。一緒に本堂に参拝し見送ってナビの設定をした。階段を降りる際、昨日ほどではないが痛みを覚えるので湿布薬を貼って私も出発した。

 太目の方(昭和23年生まれの鳴門の方)がお遍路の格好で荷物を持たず歩いて私を抜いていった。でも少し後からクルマで奥さんがついて行かれる。クルマを少しずつ進めて追い越すことはしない。少し行くとお二人がへんろ道のマークからは別コースの坂の上で相談している。声を掛けると、この道でも行けるのだがとのこと。結局ご主人はその道を行き奥さんは出口まで先回りすることになったらしい。道の合流点で待っている奥さんに、ご主人にご病気があるのですかと声を掛けたがそんなことはないとのことだった。その後ご主人が私に追いつき声を掛けてくれた。一回りしていたが88番で帰ったため、やり残した気が徐々に強くなり一番まで歩くことにしたとのことだった。概ね今日のように奥さんのクルマと一緒に移動したようだ(時に単独)。ニトログリセリンが離せないらしく、鳴門病院にかかっているとのことだった。当方も女房殿には世話になって始まったことなど話し、足が痛くなった所で先に行って貰った。その後追いつけず(T_T)。

 一人で歩いていると相栗の休憩所で男女お二人がクルマで来て居られた。女性が尺八で荒城の月を演奏されている。座って聞いていたが、柿ピーのお接待があった(感謝)。次に(私の年齢を考えて?)坂本九の曲を演奏してくれた。私もあの頃の自分と遍路をしている自分とを思ったり(老いたなあ)していたが、何よりもご主人が奏でる低音の音色で、悲しくて悲しくて涙が出て、早めに席を立った。お接待の方法なのだろうが、本当にありがたい。久し振りに音楽で泣いた。

 岩野トンネルの手前も公園になっていて、そこで若く見えたが41歳の方としばらく話した。一番まで行って徳島でゆっくり高野山への行き方を考えるとのことだった。九度山に弘法大師のお母さんが居て、そこから高野山に行く石道が評判良いと教えてあげた(お宿での話の受け売りだが・・・)。

2010/11/XX
これってお大師さんの思召し?
 今日は神山温泉から焼山寺、そしてなべいわ荘泊と考えていた。なべいわ荘焼山寺間は同じ道を往復してだが。所が左右内の橋手前で歩き遍路は右と四国の道マークがあった。帰りに四国の道「看板」を見ると橋を渡って焼山寺に至っている。でも杖杉庵(じょうさんあん)へのへんろ道もあるし、この道はさらに近道かと思ってしまった。

 しばらく歩くと焼山寺への矢印が元来た道と左に二つある!!戻る道は6Kmで左への道は8Km!!(恐らく右に行くと玉ヶ峠)まあ上って来たのだから下手に戻るよりもと左に行った。

 平坦で陽があたれば実に気持ち良い道だが、お遍路マークがほとんどない!!前から来るクルマのオバちゃんに、この道で焼山寺に着くか尋ねた。チョット考えてから、真っすぐ行くと着くはずだ、着くよと。不安になったが数十メートル行くとへんろ道のマークが一つ。ホッしたがナビで見てみると焼山寺から遠ざかっている(T_T)。8Kmの内それなりに歩いたと進む。数軒の家があり日当たりが良いので石に腰掛けてよもぎ饅頭を二つ。

 そこからお遍路マークが増えて、クルマは真っすぐ行くと6Kmで焼山寺、左に歩き用の道。そちらに行くがオイオイ下るのかと思うと上りになり、そうだよなと納得。所が「へんろ転がし6/6」の表示!!遍路マークが増えた時にそうでないかと思ったが、藤井寺から焼山寺への道だった。

 自分にとって丸一日かけてお宿からお宿に行けるかどうか確信なく、88番への女体山越えで判断しようとして右ふくら脛が今までにない痛みとなりお大師さんが行ってはいけないと判断して呉れたと諦めた道である。

 昨日なべいわ荘まで来ていれば焼山寺後少しでも戻ろうとこの道は通らなかったかもしれない。そう思うと、お前が歩けるのはこの程度だよと云う、お大師さんの思召しだったのだろうか?

2010/12/XX
はじめての同行(どうこう)者
 例のごとくブロックに腰掛けて休んでいると声をかけて呉れたお遍路さんが岐阜のWさん。足にマメが出来ているしテクテク歩きしか出来ない。

 一緒にとなったが私が休んでタバコを吸って追いかけようとすると、ハイピッチ過ぎて足に早く痛みが出て追いつけない。自分のペースで先行すると、私が早く行けるって感じ。同行と云いながら一緒には中々歩けない(^^;。

 鶴林寺手前の金子やさんに一緒に泊まるつもりだが電話にでない。恩山寺の納経所で勧められたさかもとにWさんが電話して二人の予約をしてくれた。二人とも足に問題があり予約時に連絡した所より 4Km手前のローソンで迎えのクルマをお願いすることになった。

 電気工事関係で病院とも取引があり、体型はやはり肥満型。昭和22年生まれで娘さんは徳島にいる。年金生活をと思っていたが自分の親父さんに比べあまりに少なく愕然としたと、判るなあ。"

P,S.
 Wさんとは次の日も同じ宿のつもりだったが、太龍寺で急に私が帰らなくてはいけなくなった。龍山荘・坂口屋さんがその日はお休みと聞いていたので、足もお悪いし時間的に心配していた。私が再開して泊まった山茶花さんまで来られたと確認できて本当に安心した。


タグ:歩き遍路
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まる七

日記拝見しました^^
「この辺りで電話いただいたのか‥」などと うなずきながら拝見いたしました‥
さて 随分進まれましたね^^
中の記述に「成願寺」とありましたが 実家のすぐ近くですよ^^;
公園も小学校時代からの遊び場で公園脇の高校は私の遍路同行者のY君の母校^^;学生会館の場所も分かります^^;
あそこから歩かれたのならおそらく実家の脇の通りを進まれたのでしょう^^;
さて‥
私も車遍路を終え12月はしばらく休みなどと思っていたら‥
また出かけなくてはならない状態になりました(と 言っても12月は本業でそれどころではない‥)様子を見て 1月中旬からまた出かけます^^;
今回は前回と違い 別格メインを考えております‥
目的は ”勉強”です^^;終了は3月の予定^^;

ひとつ提案!^^
携帯投稿を設定されて ブログのタイトルだけでも投稿されたらいかがでしょうか?^^
今回は○○番~○○番まで移動中!‥だとか ○○市内で宿泊!などと現在位置の報告など?いかがです?
また どこかでタイミングがあえばコーヒーブレイクでもいかがですか?^^;
by まる七 (2010-12-21 21:58) 

依光次郎

 へんろみち保存協力会の宮崎さんは残念なことでした。m(_ _)m

 「成願寺」は気持ちの良いお寺でした。また、納経していただいても御朱印・墨書ともご立派。その後も札所以外の霊場で大のほうでトイレをお借りした際に納経をと思っていますが、御朱印だけで墨書なしとか携帯で連絡して下さいとかでした。

 後100Kmで一周することになりますが、野根・佐喜浜間で膝が痛くなり3Kmに一時間半かかるようになってバスで帰りました。膝の痛みがとれてから再開と思っています(しばらく自宅)。

 携帯投稿の設定はしているのですが、お宿にはいると入浴・洗濯・パッキングが結構忙しいです。また、Zaurusに取り込んでいる他の方の遍路記録を読んでいるもので、そちらが楽しく投稿の予定はありません。

 コーヒーは、遍路はじめの頃はよく喫茶店に入りました(ここに掲載していませんが、7月にクーラーは天国だと書いている)が、小便のため最近は少ないです(トイレを借るために喫茶店でコーヒー注文は時々)。しかし、大好物であり、タイミングが合えば望むところです。


by 依光次郎 (2010-12-22 00:55) 

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