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'魔術はささやく' [書物(本・雑誌)雑感]

魔術はささやく
宮部みゆき
新潮社 (新潮文庫 み-22-1)
平成五年一月二十五日発行(平成十九年四月二十日六十六刷)
ISBN 978-4-10-136911-2


 以前宮部みゆきさんは、情景が目の前に浮かんでそれを書ける才能がある人でないかと思ったが、本書ではそのように感じる所が極めて少ない。むしろ川向こうのバスの駐車場の情景は、実際にある景色を練習のために描いている感じすらある。もっとも、抜群のストーリーテーラーである宮部みゆきさんだから本書も面白かった。

 事件そのものの中心は若い四人の女性である。作者は最初から関係づけて描くが、別々に起こったと思われる二人の自殺事件があって、三人目の女性が交通事故死する様子が描かれる。その交通事故の際、運転していて拘留されてしまう個人タクシーの運転手さんの妻(より子)にとって甥、日下守が物語の主人公である。守の父親は公金横領で行方をくらましていた。残った母親と守は田舎の周囲からの目で居たたまれない環境で暮らし、彼はいじめにあう。そこで知り合った老人から特殊技能(宮部作品から云えば普通の技能?)を教えられる、物語に絡む面白い発想です。守の母親は父親の帰りを信じて待っていたのだった。その母親が亡くなって東京の伯母の家で暮らすことになっていたのだった。より子の娘真紀も面白く描かれるが、より子自身が良くできたお母さんという感じだ。

 交通事故と書いたが、三人目の犠牲者も全く周辺の状況が把握できない状態となって交差点に飛び出して行ったのだった(ここの所の、決して自殺を勧めたのではないという説明も説得力がある)。目撃者もなく伯父さんは警察に拘留され続けるが、主人公に関係した男性が目撃情報を警察に伝える。その男性は愛人のアパートに行っていたため、警察へ伝えることが遅くなってしまった事情があったようだ。

 犠牲者となる四人の女性を激しく恨む犯人。犯人に好意を持たれる若き主人公。そして目撃情報を伝えた男性とは・・・、と云った話。主人公のまわりにいじめや心強い女友達(時田沙織「あねご」)・気の弱い正直な友人(宮下陽一)、そしてバイト先での出来事が描かれる。バイト先の話も重要な挿話だけれどすなおに読むことが出来る。話のトリックは・・・、これは書けない。(^^;

 四人目の犠牲予定者高木和子さんの恐怖感がやや少ない感じがするのが残念。もっと描くと恐怖小説になるのだろうが・・・、割と宮部さんって読後感を大事にするのだろうか?また守が四人の関係を明らかにする過程で登場する橋本信彦の人物像も興味深い。

 でも最終部二つの警察出頭については僕には納得できない。一つは古い事件で罪があると罰さなくてはならないのだろうか、後悔し償ってきただろう人を。「許す」ことも大切なのでないだろうか。人を許すことができないほど完璧な人っているのだろうか。

 そう云えば昔の話。馴染みの食堂のオバちゃん。店じまいした後に、娘が他のお店のもので食中毒。(医者は食中毒を診断すると届け出なくてはいけない、でも)届け出る?と相談した。食堂を経営していると、一発で暫く商売ができなくなる届け出の怖さを知っているだろうから。医者としては届け出たいが、その後大変になったお店も見たことがある。届け出ずに大流行になると責任問題だが、食べた日時、病原体、その後の流行の有無、娘さんの健康状態を考えて相談したのだ。答えは、先生私のような店でも一生懸命食中毒を出さないようにやってきた、届け出て下さいと・・・。店じまいしているし、やってきた自信があるので云えたのだろう。誰が判断するか難しいが、保健所も不可抗力と判断される際には営業停止処分まで出さなくてもと思う。そのほうが届け出やすい。でも、緩すぎでもダメか。

 「許す」か「許さない」かも問題か。僕は最後の警察出頭については「許す」。もう一つは、新しい事件について警察に出頭すれば良いのか。やはり「許されない」だろう。現実的に事件発覚前なら自首で刑も軽くなるようだが、予め自首を覚悟して起こすやむを得ない犯罪なら仕方ないが、悪いことをしていてある時点で自首とは都合が良すぎるのではないか。まあ、自首しないよりされたほうが良いので減刑は納得。

 本に戻って、事件の発端となった若き女性四人の行動・考え方は実に現代的である。でも、この軽さは人として大切なものを失った結果ではないのかと僕は、世代的にかも知れないが、考えてしまう。騙されるのは騙されるほうが悪いのか・・・。ひとつのネタバレになるが以下の引用で。m(_ _)m ドウシテ憎ムノカハ読ンデネ


「坊や、私は君の四倍以上の歳月を生きてきた。そしてわかったことが一つある。いつの世にも、真の悪人というものが確かに存在するということだ」 演説。手を広げて。 「しかし、幸いなことに彼らは絶対数が少ない。彼らだけでできることなどたかが知れている。本当の問題は、その彼らについていく者たちなのだよ。恋人商法だけではない、あまた満ちあふれている悪質な金融犯罪も、それを考え出した一握りの者たちだけでは成り立つことはない。それを成り立たせ、実行し、蔓延させているのは、もっと大勢の追従者たちなのだ。そこで何が行なわれ、自分がどういう役割を果たしているのか充分承知していながら、いざというときには逃げ道を探せる者たちだ。悪意はなかった、知らなかった、自分も騙されていた、事情があってどうしても金が欲しかった、私も被害者だ-言い訳、言い訳、果てしない言い訳だ」


 どうでしょう、これが魔法の男の科白なのですが。やっていることが悪いと判断すれば止めるべきです。「汝の良心の声のみを怖れ、それに従え」と信じています。でも、この良心が'二〇世紀精神病理学史' 1.ご理解のためにでいう〈力としての歴史〉下にあるもので全員の人には当てはまらないだろうと・・・考えるしかない。僕は長らく性善説を信じてきたが、性善説も性悪説も間違いではなく、実際のところ〈力としての歴史〉(以前は時代とか育ちという言葉で考えていた)によって人間は性善にも性悪にも成り得るのだ。一言で時代が悪いと片付けたくもないが。




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コメント 6

まる七

考えてたら 眠くなってしまいました‥

今朝 長い道のり”燃料回送”してたら検問が2つ‥
「何でこんな時間に‥」ってお巡りさんに言ったら 「周知徹底」何だそうで‥
びっくりして‥
思わず シートベルトするところでした(笑)
(してないと 切符切られますよ‥私らは 逃げ道が随分あるので‥)(爆笑)
by まる七 (2008-06-10 12:56) 

依光次郎

大昔の話。
1.スピード違反で白バイに捕まった。おっ、シートベルトをしているなと誉めて貰って切符は切られなかったと。
2.深夜、裏道を運転していて尋問に引っかかった。アルコールの臭いがしていますね。手術が終わって家で飲む時間ではなく貰い物があったので、つい。ご自宅は?そこの角を回って三軒目です。気をつけて帰って下さい、何かあれば自分の責任になりますから。(@_@) この警察官は患者さんの家族でないかと話題になったけど先生は見覚えがないと。

ついでに、もう一つ。(さらに大昔)
正月元旦から商売をする人がいた。(運転している人は飲んでいます)橋の上で飲酒をチェックしている警察官にご苦労様ですと一升瓶。本官を侮辱するのかと怒られた!!今まではあれで良かったのに、若い者は融通が利かないと怒っていた。(^^;

人を信じられる良い時代だったのでしょうね。警官も大らかだった。

by 依光次郎 (2008-06-10 13:30) 

mozi

ありがとう!
初めまして(≧∀≦)
またゆっくり寄らせてもらいますね!
by mozi (2008-06-10 17:49) 

依光次郎

moziさん、ごゆっくり沖の島を楽しんで下さい。m(_ _)m


by 依光次郎 (2008-06-10 18:50) 

こるとん

はじめまして。
最近宮部さんの作品にハマリ、この作品も先日読み終わりました。

私の感覚では、1番弟子を自殺に追い込んだ高木和子を許すことは出来なくて、逆に吉武浩一を許してやってもよかったんじゃないかって思ったんですけど…どうでしょう?
精神的に追い込むためというのは分かりますが、高木和子以外の3人や動き出すと面倒な橋本信彦は殺しておいて、高木和子を殺さなかったというのは?でしたし、ある意味とばっちりで酷いよなぁと思いましたね。
by こるとん (2009-08-06 12:52) 

依光次郎

 こるとんさん、コメントありがとうございます。

 私も古い事件、吉武さんは許してあげて欲しかった。ある程度、「許す」ってことがないと世の中ギクシャクしてしまうだろうし。

 ご指摘通り橋本信彦そして彼が集めた他の方々(罪は同じ)は、とばっちりですね。小説は必ずしも因果応報・勧善懲悪でなくても良いと思います。それでも、高木和子が許されるのかと感じられたのは、私が彼女の感じる恐怖が少ないと感じたのと同一だと思います。彼女が恐怖を感じて、それまでの行いを徹底的に悔いて、その後の許しならば納得しやすいかも知れません。その点が残念です。また、人を裁くのは法のもとのみで私刑は認められない社会の則を守られたのかも知れませんね。

 でも面白く読み進められたでしょう。(^_^)

by 依光次郎 (2009-08-06 19:13) 

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